第235話 貴族の義務
襲撃者たちを捕縛し、アリス直々に王家の近衛騎士団へ引き渡したあと。
彼女は王城の広々とした廊下を歩きながら考えていた。
もちろん先日の魔剣持ちたちの襲撃事件についてである。
(今回の襲撃はさすがにタイミングが良すぎた。どこから漏れた?)
もちろん、自分の状況からして外出中の襲撃は想定の範囲内ではある。
それを見込んでいるからこそ馬車は多数の襲撃者に襲われても耐えきるだけの防御力を備えていたし、会議の参加者たちには伝えていなかったものの御者たちもそれなりに腕利きの傭兵を雇っていた。
そもそもアリスが立ち上げた有志貴族連合は対魔族穏健派ではあるが、その全員が王国貴族の中では武闘派に分類される。
自分自身は言うに及ばずブイヨン男爵は先の大戦で魔族たちと剣を交えた猛者であるし、カリシュ子爵も幼いころから武術を嗜み、戦闘用の魔道具を使いこなす女傑である。
それにブラッド兄さまやカミラ氏、魔族の中でも極めて身体能力の高い鬼族であるアソ氏とドウジ氏が揃っていれば、単に魔剣を持っただけの雑兵が何人襲って来ようが負けることなどありえない。
だが、これが1度や2度ならば許せよう。
アリスはここ10日ほどの間にすでに7回の襲撃を受けていたのだ。
いずれも私設の騎士団で秘密裏に処理できているが、もう日常と言える頻度である。
そのような状況でも会議を強行したのは、議題が重要なものであったのにも加え、関係者全員に我々が置かれている状況を身をもって体感してもらうのも目的の一つだったが……それにしても、今回の敵は特に準備が良かったように思える。
襲撃者の数もそうであるし、魔剣の性質もそうだ。
アリスは襲撃者たちをなるべく生かしたまま捕らえるようにしていたが、今回は明らかに襲撃者全員がその場で死亡することが前提の作戦だったように思える。
兄さまの判断が迅速かつ的確だったのもあるが、結果的に全員を生け捕りにできたのはあくまで偶然の産物だ。
……考えたくはないが、内通者が近くにいる。
それもすぐ近くに。
と言っても、おそらくは自分の身の回りのものではないだろう。
少なくとも現在アリスの元で働いている者たちは家令や執事は当然のこと、料理長からメイド長まで重要な役職の者たちは実力や人格は言うに及ばず生い立ちから普段の素行まですべてアリス本人が徹底的に調べ上げたうえで採用している。
すくなくとも敵に弱みを握られたり誑かされるような者はいないはずだ。
(……となると、出入りの業者などが怪しいかな? あるいは、行きつけの店などか。彼らまで防諜体制に組み込むのは難しいからね)
と、アリスは自分の背後に人の気配が現れるのを感じた。
まるで影が形をとったかのように静かな気配には、覚えがあった。
それゆえ彼女は足を止めず、そのまま歩いてゆく。
すぐに、背の高い女性が隣に並んだ。
「クレアか」
どうやら本邸を抜け出してここまでやってきたらしい。
クロディス家の家令であり現在は王都本邸にてアリスを補佐する彼女は、王家の『暗部』から引き抜いた人材だ。
ゆえに王城の内部構造を熟知している。
王族すら知らない抜け道を使い、誰にも見つからずここまでやってくることは容易いことなのだろう。
だが、可能だからといってやっていいかと言われれば当然否である。
「ここが君の元職場とはいえ、忍び込むのは感心しないね」
「申し訳ございません。ですが、すぐにでもアリス様のお耳に入れておきたい情報がございまして」
クレアは淡々とそう伝えてきた。
言葉では謝っているが、悪びれる様子はない。いつものことだ。
アリスは小さくため息をつき、彼女に先を促した。
「……とにかく、聞こうか」
彼女は家令としても『暗部』の戦闘員としても極めて有能ではあるし、外面はともかく自分に対する忠誠心だけは異常なほど高い。
だが、生い立ちが特殊ゆえか変なところで世間の感覚とズレているところがある。
だがまあ、彼女の性質はこの際置いておこう。
アリスに促され、クレアが先を続ける。
「内通者が判明しました。別邸に勤める通いのメイドたちが、仕事上がりや休日によく遊びに行く喫茶店です。そこの主人が魔剣持ちどもの一人と接触していました。相手はそれなりの美女ですね。要するに色仕掛けです。……いかがいたしますか?」
(なるほど、『兵站』からか)
アリスは心の中で頷いた。
つまりは、今回馬車に積み込んでいた食料や備品の管理を本邸や別邸と共通の倉庫で行っていたことが災いしたというわけだ。
倉庫の在庫管理や棚卸は、メイドたちの仕事のひとつである。
そして、当然ながら女性には少々肉体的に過酷な仕事でもある。
休日に気心の知れた仲間内でお気に入りの店で吐き出し合う愚痴を、誰が止められようか。
しかしながら、それらを聞く者が聞けば――たとえば後方支援を担当していた軍事関係者ならば、それらのわずかな情報でも襲撃日時や場所の特定が可能だろう。
もっとも、メイドたちのおしゃべりを責めることはできない。
たしかに彼女らはいささか軽率ではあると、アリスも思う。
だが今回に限れば、敵が一枚上手だったというだけのことだ。
まさか他愛のないおしゃべりの内容から襲撃のタイミングを割り出されるとは、彼女たちも夢にも思わないだろう。
そもそも住み込みのメイドはともかく、通いのメイドたちは平民が多い。
もちろん身元の確かな商家の娘などだから相応の教育は受けているものの、中にはアリスより若い少女もいる。
当然ながら自分のように軍事……とりわけ兵站に関する教育など、受けているはずもない。
むしろ、そこから情報が漏洩する可能性に思い至らなかったアリスが迂闊だったのだ。
そのうえで、彼女はこういった。
「店の主人は放っておこう」
「良いのですか?」
「構わないさ。突然、店の主人が行方不明になったら彼の妻子や、店の茶や菓子を楽しみにしているメイドたちが困るだろう」
怜悧な顔のまま聞き返してきたクレアに、アリスは淡々と答える。
クレアは暗に『黙らせますか』と聞いている。
そんな物騒な対処をするつもりはない。
それにこの手合いは、もっと有効に活用すべきだ。
「情報漏洩のルートが特定できたなら、それはつまりこちらから『漏らす』情報をコントロールできるということさ。それに、急に箝口令を敷けば向こうに怪しまれる。件の主人には、僕らの欺瞞情報の拡散窓口になってもらおうじゃないか。無自覚な『逆スパイ』というやつさ」
「……なるほど! さすがはアリス様です。このクレア、感服いたしました」
クレアが雷に打たれたように足を止め、感極まったように頭を下げる。
「ふふ……褒めてくれるのは嬉しいけど、流す情報の精査は君に任せるからね。責任は重大だよ」
「はっ。このクレア、命に代えても任務を全うする所存です」
「うむ。励みたまえよ」
アリスも時代がかった口調で、クレアの大仰な仕草に応じてやる。
普段は互いにもっと気楽なやり取りだが、主従関係は時として舞台役者のごとく『役』を演じることにより、さらに強固になるものなのだ。
アリスはそんなことを考えながら、廊下の窓から外を見た。
王城は小高い丘の上にある。
よく晴れた空の下、王都の街並みが広がっていた。
(そういえば、今日は兄さまはどうしているかな。イロイ氏がずいぶんと兄さまを気に入っていたみたいだから、彼の屋敷にでも呼ばれているかもしれないな)
ブラッドの顔が、アリスの脳裏にふわりと浮かび上がる。
できれば毎日でも別邸へ遊びに行って、昔のように兄さまとずっと一緒にいたい。
兄さまと一緒にいるときだけは、肩にのしかかった重さがふっと消えたような気分になるのだ。
だが、アリスには義務がある。
王国を守護する貴族としての義務が、だ。
いくら花も恥じらう13歳の乙女とはいえ、クロディス家の当主として恋にうつつを抜かしている暇などないのである。
……そんな自分の生い立ちを呪ったこともあるが、今ではそれも受け入れ、感謝している。
この家柄と生まれ持った力がなければ、きっと兄さまと出会うことすらなかっただろうから。
(だから今はまだ、兄さまを預けておくよ……カミラ殿)
「アリス様」
と、物思いにふけるアリスに、クレアが声を掛けてくる。
「私にできることがあれば、何なりとお申し付けください」
「……クレア、そんな真に迫った顔で勝手に僕の心を読まないでくれないかな」
変なところで妙に気が回る側近を従え、アリスは今日も貴族を演じる。




