第12章 追跡馬券生活 29
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
5 偶然という必然
その2
降りしきる雨。
T川河川敷の暗闇の草むらの中、声が聞こえる。はいつくばっているような男の声だ。
「お前にいったい、この俺の何がわかるっていうんだ? へん。この野郎……この野郎」
「おっと、あいつも……そうだ、あいつも……絶対に許しちゃおけねえ」
「馬鹿にすんじゃねえぞこの野郎。やっと薬が効いてきたのか……馬鹿め」
「警察だって? へへえ刑事だと? 笑わせんなや。この、ぼんくらどもが……」
「へへえ……こらあ、ざまあ……」
……………………
テレビのニュース映像が流れる
「昨夜、S市T川河川敷で、H道警察の職員とみられる若い男が、何ものかによって刺されるという事件が発生しました。調べによると、背中を10数か所めった刺しにされ、心肺停止の状態で病院に搬送されましたが、明け方息を引き取ったとのことです。H道警察は各所に検問を敷き、怪しい人物のあぶり出し、また現場付近の聞き込みなどを行い、事件の解明に向けて懸命に捜査を行っているとのことです」
狂死狼はテレビの画面に釘付けになった。優香もアリサも同じだ。
「めった刺しとはどういうことだ?」
狂死狼がつぶやくと同時に、それぞれが互いに顔を見合わせた。
「わたし……悪いけど、ひと突きしかしてない……」
「それは俺もはっきりと見た」
「じゃあ、どういうこと?」
3人は顔を見合せてたがいを探るような顔をした。ベビーベッドのマミは笑っていた。
「あの後、誰かがあいつをさらに刺して死に追い込んだということか?」
狂死狼がつぶやくことで皆、腑に落ちたことなのだが、それはそれでなんと言うことだろうか?
かつて、狂死狼と優香が起こした事件と全くもって瓜二つではないか?
いったいどういう理屈でこんなことが成り立つのだろうか?
あの時も、カオリの親父が仔猫を踏みつけた。そして見境を失くした狂死狼は彼の背中を刺した。
けれども彼の命のとどめを刺したのは優香だった。
そして今回は、殺したいはずの男、草野が仔猫を踏み潰した。優香はその男を殺すはずだった。そしてその男も刑事のはしくれだ。
けれど、ありえない行き違いから、優香が刺したのは全く関係のない若い刑事の杉田だった。
そして、何者かが、優香が杉田を刺した後に……とどめを刺しにやって来たのだ。それが誰なのかは全く分からなかった。ただ、そのこと以上に、この事件がただならぬ因縁や呪いによって引き起こされたのだろうということが容易に想像された。
(こんな偶然があってなるものか……いや、ある訳がない。あるとしたら……誰か俺たちの過去を知る者が……とてつもない恨みを持つものが、故意に仕掛けたのではあるまいか?)
狂死狼はそう考えた。だが、今の自分の立場で、真相を掴むのはとうてい無理だろうということも理解していた。
そう、この事件が解明されたとき、その時はきっと自分も終わりを迎えることになるだろう。なぜなら、今回の事件はどう考えても過去の自分が引き起こした事件と酷似し過ぎている。
……自分のこと、我が身かわいさにこの事件をさけて通ることはもはやあり得ない。
真相を掴むこと、そして自分も拘束されること。おそらく同義なのだと感じていたが、狂死狼はもう、逃げ回ることなど考えたくなかった。
これまで永きに渡り続けてきた、わが身の逃亡の私小説「逃亡馬券生活」のブログの中断を決意したのだった。
「大変なことが起きた。これ以上この小説を続ける訳にはいかなくなった……」
狂死狼はパソコンを開いて書き殴った。
アリサと優香はただ、これからの成り行きを見守るしかなかった。
なぜか今日は超ご機嫌のマミだけが、きゃっきゃっきゃと快活な笑顔を振りまいていた。
続く




