第12章 追跡馬券生活 24
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
4 愛と欲望と裏切り
その3
安藤という男を杉田は、絶対に許せないと思っていた。もちろん父親を殺すよう命じた井原源太のことも。しかし歳月が彼らを無力なただの老人に変えていた。杉田が警察官となって初めて当時のN刑務所に面会を申し込んだとき、井原は明日をも知れない弱々しい命だったし、安藤もまた生気を失った目をした老人だった。
いかにして復讐を遂げようかという気持ちもかれらの姿を見るほどに萎えていくのだった。
井原は杉田の姿を見て、ポロポロと涙をこぼした。ただただ震える声で謝罪の言葉を繰り返した。そして安藤に、出所したら杉田の面倒を見るように命令した。というより、懇願したというのが正しい。
間もなく井原は獄中で寿命を全うした。それからしばらくして出所した安藤だったが、杉田の面倒を見るというよりも、杉田に面倒を見てもらっているという方が正しかった。
杉田は何かと安藤のことを気に掛けて、住むところや掃除夫の簡単な仕事を世話したり、時々生活の足しにと食料や日用品を届けていた。杉田は自分の父親を殺した男を、もはや父親代わりに感じていたのかも知れなかった。
とはいっても、その安藤がもうひとりの殺人者、当麻重則を部屋に匿っているとは夢にも思わなかったことだ。
「なんで、ここに当麻……さんが?」
「あ、ううん。もう全然もうろくしちゃってなア、話も通じないんだけど……井原親分の墓の前につッ立ってたもんだから……しょうがねえなって、さあ」
「いや、だけど。仮釈中じゃないのか?」
「あああ~うううえ~源さん……」当麻重則はまさしく認知症患者のそれだった。時おりよだれが口元から垂れている。ひたすら、刑務所内の恋人だった井原源太のことをその脳裏に浮かべているようだった。
「ああ~やっぱぞくぞくするねえ~。年老いていても殺しの匂いてのはぷんぷんぷんぷん漂ってくるよ~。うへへえ~おっさん、おっさんたちの話し、利かせてくれよお~そこのエロじいさんもさあ~」
草野は面白がって二人を交互に見ては興奮を隠しきれない様子だった。
「この人は?」安藤が杉田に尋ねた。
「ああ、友達です。ボランティア関係が趣味の……」杉田は草野の素性は言わぬが花と思った。彼とは話の流れで杉田の父親を殺した人間をぜひ見たいという欲求を満たしてやるためだけにここに連れてきたのだから。ただ、あわよくば安藤の面倒を見る負担を、少しでも軽減できないかというかすかな期待もあった。自分の苦労を知ってもらいたいという自己顕示欲であったかもしれない。
「うひゃひゃ。そうなんですよ~わたしはですね~殺人者の心のケアをボランティアでおこなってるという、とっても善人なんですよ~」
殺人者という言葉に安藤が反応した。杉田も草野を睨んだ。当麻もゆっくりと草野に目を向けた。
「いやいやいや、本当のことを言ったまで。わたし、殺人者が好きで好きでたまらんのですよ。大好きなんですよ。だから、あなたがたの味方味方。わたしの内縁の妻だって殺人者だしねえ。だから安心してよね」
「どんなに落ちぶれたってなあ、変態に話すことは何もねえよ。帰りな」安藤は現役の頃の片りんを見せた。
「うひゃひゃひゃ。お~こわ。さすが本職ですねえ。で、現役の頃は何人やったの?」
安藤が眉間にしわを寄せて怒りに震えるている。
「まあまあ、草野さん、今日もうこの辺で」杉田は柔らかい声の調子を保ちながらも、厳しい目つきで二人の間に立った。
「ちッつまんねえなあ~まあいっか。じゃあまたね。じいさんもまた今度」
二人は安藤の部屋から出た。
帰りの車の中で杉田は終始無言だった。
「杉ちゃん、そんな怒んなよ。つい興奮しちゃってさあ」
「草野さん、あんたの趣味は知りませんけどね、あんまり人前であれは……」
「言うわけないだろうよ殺人者以外にはさ、何せ善意のボランティアだし」
「それより、あの人、本当に殺人者なんですか?」
「ああ、優香ね。あの女はね、背中をひと刺しで死にかけてた中年男を、さらに同じところを、また刺しして死に追いやった……俺が匿ってるからつかまりゃしないけどね」
「はあ? なんでそんなことを」
「まあ人生いろいろあんだよ。だからこそ面白い。実は優香には共犯者もいてな、そいつがまた笑えるんだけどな。」
「そんなこと俺に話していいんですか?」
「ああ。あんたは秘密が守れるだろう。なにせ秘かに親の仇の面倒を見てるっていう変態だしな」
「草野さんほどじゃないですよ」
杉田は憤慨した。
「その共犯者てのがな……」
草野が語る内容は驚くべきものだった。それは上司の笠浦が昼寝語りに杉田に語ったネット小説の内容と、まるでそっくりだったからだ。
続く




