第12章 追跡馬券生活 25
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
4 愛と欲望と裏切り
その4
それからしばらく杉田は草野との交流を避けていた。
殺人犯を検挙するどころか、自ら犯人を匿ってにやけている刑事など、付き合うのはまっぴらごめんだ。だからと言ってそれを密告したり、自分が検挙しようなどとは思わなかった。
勝手にしたらいい。殺人犯に心を奪われて、わが身の将来も明日さえも捨てるような人間が同じ警察内にいることに吐き気を覚えた。かといってそれは個人の自由だ。警察官だからと言って、すべての悪人を懲らしめる正義の味方ではない。与えられた目先の事件の捜査で腹いっぱいだ……。
もしかすると割り切った今どきの若者だろうと、草野に見くびられたのかもしれない。でもそれならそれでいい。自分にはかかわりのないことだ。だから杉田は、草野のことを笠浦に言うつもりもなかった。ネット小説の事件を趣味か酔狂で追うのはいわば彼の趣味ともいえるモノだろう。それを親切心で自分の身から出た偶然の出来事をエサに暴いてやって、それがなんになるというのだ。むしろ笠浦の夢を壊すことになるだろう。
杉田は沈黙を続けた。
なるべく草野とは合わないように、笠浦とのコンビでの仕事はこれまで通りに、という方針で過ごした。
しばらくたって杉田に草野から着信があった。3回までは無視しようと決めていた。ところが4回目の着信音が鳴り、まだ出なかった。そして5回目が鳴った。もう応答するしかなかった。
草野はとても慌てた様子だった。緊急の相談だという。
「何があったんですか?」
「電話じゃアレだけど……命を狙われてるんだ。万全を期すために協力者が要る……頼む」
「……わかりました。では、後ほど」
さびれたカフェの隅の席で待ち合わせ、草野が漏らした話はどうにも要領を得なかった。
「つまり、こういうことですか? 今あなたが匿っているあの優香さんという人があなたを殺そうと画策している。共謀者は狂死狼という、彼女の元彼で元共犯者だと。そして呼び出されるであろう場所に僕が隠れて待機。いざとなれば手助けをしてくれと?」
「ああ。そういうことだ」
「……なんだかよくわからないですね。なんでせっかく匿ってくれてる、しかも0警察官という最大の協力者をわざわざ殺そうとするんですか?」
「う。うーん、まあそこら辺はいろいろあってさ。男と女だから色々。まあ、なんでかは知らないが憎まれちゃって……きっと、その前の男に気持ちが戻っちゃったか、たぶらかされてるんだろうさ」
杉田は草野の言葉に歯切れの悪さを感じたが、嘘ではないと感じた。職権を乱用(?)して警察に助けを求める手もあるだろうが、状況が状況だけに、それはあり得ない。殺人者を匿っていたことは絶対に知られたくないだろう。
しかし、相手は男女とはいえ二人だ。いかに訓練された警察官とはいえ、不足の事態を鑑みれば、もう一人協力者を得たい気持ちも理解した。
杉田には笠浦が日頃語っていた無謀な望みを一気に自分が解決してやれるかも知れないという、おかしな欲求が生まれていた。当然、笠浦にはカタがつくまでは秘密にするつもりだ。
「いいでしょう。でもこれは、あなたのために協力するわけじゃないですよ。とある世話になった人のためでもあることなので」
「何それ? どういうこと」草野は不審な目を杉田に向けた。
「あ、いや、それはつまり自分の成長につながるという話で」
「ああ。それならばっちりさ。こんなスリリングは話は、警察勤めだろうとそうそうめったにはないからさ」
(何を言ってるんだ? 身から出た錆だろうが。どうせ匿ってやってるからと無理難題を彼女にお仕着せ過ぎた結果だろうが……)
杉田は言葉を押し殺して草野に協力を約束した。
次の日、草野からの指示で杉田は保護動物施設へと向かった。
例の二人がそこにやってくることを察知していたため、下見に訪れたのだ。もちろん、保護猫を選別に来た客を装ってだ。
そこで見つけた仔猫に杉田は目を奪われた。やがてポロポロと涙が零れ落ちた。白と黒のパンダ模様の仔猫は、子供の頃に拾ってきた仔猫にそっくりだった。
結局、母親に拒絶され、泣く泣く仔猫を人気のない道端に捨てるしかなかった。みゅあみゅあと弱々しく鳴く仔猫を振り返り振り返り、そして泣きながら走り去った。
あの悲しい思い出が、まざまざと彼の脳裏によみがえった。
続く




