第12章 追跡馬券生活 19
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
3 シンクロの行方
その6
「このままではきっと殺される……だからお願い」
優香の目は怯えていた。狂死狼はその眼をまっすぐに見ることが出来なかった。
「あの男、刑事の確か草野といったな。うまくいってないのか?」
優香は視線を落として重い口を開いた。
「初めは良かった。優しくしてくれた……だけど、だんだんと……狂ったようにわたしを責め立てるようになって……わたしは何も抵抗できなかった。ただただ、耐えてきたの。でも、もう限界。妊娠したらもしかしたら、と思ったけどあいつの狂気は止まらなかった……逃げても無駄。どこまでも追いかけてくる。そういう嗅覚は誰よりも鋭いから。ねえ、あいつを殺して。それ以上のことはお言わない。子供は私一人で産んで育てる……」
草野は、狂死狼と優香の過去を知りながら優香に近づき、彼女を奪い去った男だ。2年前、O市での反社会組織の抗争、そのすぐあとのことだった。
狂死狼は、あれはあれで良かったのだと思い込んでいた。刑事がある意味、自分たちを守ってくれるのだとしたら、大歓迎でもあった。優香と二人でいることがかなりやばい状況となりつつあった頃だ。きっと優香も、これが最良の選択だと信じたから行動に出たはずだ。
しかし、それは思い違いだったのだろうか。狂死狼は何も知らずに今日までいたことを心から悔やんだ。というよりも、知ったところで何もできないのは明らかな無力さを思い知らされて唇をかみしめた。
「あいつは私のなにもかもを全てを奪い去ってなお、わたしを苦しめることだけが生きがいみたいになってしまったの。わたしたちの過去を思い出すたびに暴力を振るわずにはいられなくなった。とっくに心が壊れてしまったのよ」
泣きながら訴える優香を見るのはつらいことだった。
「話し合うとか、誰かに仲裁してもらうとか、何か方法はないのか」
優香は激しく首を振った。
「いろいろやったよ。でも無駄だった……」
「警察に言うとか」
「彼が警察だから。それに他人の前ではうまく取り繕うだけだし。話しにもならない」
「そうなのか……」狂死狼は言葉に詰まった。
「だからもう、やるしかないの……お願い」
「おい、ちょっと待てよ。やるにしても、いったいどうやって?」
「ここにおびき寄せるから、後ろから刺して。ここなら人気もないし。転がして川に落とせばそれでおしまい」
「そんな簡単にいく訳ないだろう。やつも刑事のはしくれだ。そんなのに簡単に乗るかよ」
狂死狼は話に乗る振りをしながら、どうやって断るかを考えていた。
「無理に飲ませて、泥酔させておびき出すから。それは任せて」
「いやいや待てって。おれだって子供が生まれたばかりで、これ以上罪を犯すなんて」
「一人も二人も同じでしょ?」
優香の泣きはらした眼が鋭く光った。明らかな狂気をたたえていた。
「イヤしかし……」
何を言っても無駄だと感じた。
「まあわ分かった。分かったよ。それでいつやる気なんだ?」
狂死狼はそうでも言わなければ収まりがつかない狂気の中で応えた。話に乗ったと見せかけて二人を説得するしかないと考えていた。
だがそれが、狂気が狂気を生み、やがて二度と戻れない修羅の道へと進むことになるとは、気づきもしないことだった。
続く




