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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第12章  追跡馬券生活 13

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」

2  追跡の始まり



 その6

  

「こんなものが玄関上の棚に」

友永にはただ後ろで黙って見ているよう指示をしてあったのだが、それでも自分なりに部屋の中を物色したのだろう。狭い小さな玄関の上の棚に何足かの靴が置かれているのだが、そのすき間にあったモノを差し出した。笠浦が手に取るとそれはスティックタイプの猫に与えるおやつだった。今はやりのゼリー状の猫用食品だ。未開封の小さな袋が6つ無造作に置かれていた。

「もしかして現場で死んでいた仔猫と関係が……」

 当然ながら、部屋に猫を飼っている様子はなかった。どう見てもペットは禁止の部屋だ。

「すみません、彼は過去に猫を飼ったことがありましたか?」笠浦はうなだれたままの母親に尋ねた。

「いいえ。うちも狭くて、ペットなんか買えるところではなかったし……小学生の頃、確か猫を拾ってきて飼いたいと言ってきたことが……でも飼えないから泣く泣く保健所へ、お父さんと一緒に」

「そうですか……猫は好きだったんですね」

「ええ。道端で猫を見かけるとよく、話しかけたり撫でたりしてました」

 机の前の壁には仔猫の写真入りのカレンダーが一枚貼ってあり、9月はキジトラ仔猫の愛らしい写真だった。何も予定などは書きこまれてはいない。

 杉田の部屋にはもうこれといった手掛かりは見つからなかった。

 司法解剖の結果によると、背中に合計12か所の裂傷があり、繰り返し執拗に刃物で刺していることから怨恨説が有力と思われた。ただ笠浦には彼がそれほどの恨みを買うような人間には到底思えなかった。

「いったいに何があった、杉田よ」

あらためて急にいなくなった相棒のことを考えると、鼻の奥の方から苦いモノがこみ上げてきたが、友永の前では絶対に涙は見せまいと我慢を繰り返した。


「BAR JULIET」はすすきのはずれの古いビルの5階にあった。

「いらっしゃ~~いッ」ドアを開けた瞬間に甲高い声がした。男の声だ。カウンターに目を向けると派手なドレスに分厚い化粧を施した男が立っていた。客はカウンターに4人、BOX5席には合計8人、6割がたの入りだ。BOX席にドレスのオカマが二人……いや失礼か。ニューハーフとかLGBTだとか言わないと今はだめなのだろうか。そういった方面は疎いし好ましく感じない笠浦には、あくまでオカマ野郎という認識しかなかった。友永は署に戻った後早々に上がらせ、ここへは一人でやってきた。

ざっと店の中を見回しながらカウンターの右端に腰かけた。ここが一番全体を見渡せる。紫色にほぼ統一された派手な装飾が目には優しくなかった。ちいさなステージが傍らにあった。

 カウンターの「ママ」らしきオカマは愛想よく話しかけてきたが、適当に返事をした。

 頼んだ水割りを一口飲み干した後に他の客との会話の隙間を探って話しかけた。

「マトー・アキさんって?」

「あらわたしよ。誰かに聞いてきたの?」

 ママが答えた。

「杉田正志は……よくここに?」

 ママの顔色が急激に曇るのがわかった。一呼吸おいて怪訝そうな目で言った。

「誰? マー君のご親戚か何か?」

「あ、いや同僚でして」

「……警察の方」

「ああそうです。今回のことはもう?」

「ええ。大々的にニュースでやってましたから」

「気の毒なことでした」

「あんなことに……なるなんて。本当に悔しい」ママの目から涙が溢れた。

「彼はいつも一人でここに?」

「いつも一人だったわ」

 それから『彼女』は重い口をこじ開けるように彼の話を始めた。といっても、たまたま訪れた2年前から月に2回くらいやってくること。決まった曜日や時間はないこと。来るとだいたいラストまで一人静かに飲んでいること。そんな話しだった。彼を切りつけた犯人などは何もわからないし彼の交友関係もほぼ何も知らないとのことだった。ただ、彼の話をしているときの『彼女』の目は生き生きとしていた。まるで恋人のことを語っているかのように……。

 マトー・アキという源氏名は言葉遊びで本名は当麻明弘であることを語った。この店はもう7年になるらしい。

 少し気になった笠浦は、田舎なまりの話題からそれとなく出身地を聞き出すという得意の探りを入れてみた。少し躊躇する様子を見せたが彼女は答えた。

「○○の生まれなんだけどね。物心つく前にS市に引っ越してきたの」

 笠浦の脳裏に衝撃が走った。

 小さなあの町で当麻という苗字はそうは多くはないだろう。

 そこは笠浦の出身地でもあり、昇を殺した犯人は当麻重則という男だったからだ。



 続く


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