第12章 追跡馬券生活 11
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
2 追跡の始まり
その4
杉田は刃渡り30センチほどの刃物で背中をめった刺しにされていた。発見されたときにはすでに意識はなかった。財布や免許証などは盗まれていなかった。それですぐに身元は割れた。
テレビドラマや映画では刃物が背中に簡単にずぶりと突き刺さるというのが定番だが、実はそんな簡単な話ではない。なぜなら、人間の体の中には骨があるからだ。手持ちの包丁で骨付きの豚肉を切ってみるといい。骨は簡単には突き刺さらないし、切断することもかなり難しい。日本刀で背中を袈裟斬りにするというのはよほどの達人にしかできない特殊な技だし、畳や藁の束を斬るのとは訳が違う。ましてや普通の、人を刺したり斬ったりしたことのない人間が、たった一突きで絶命させるというのはよほどのことがなければ無理だ。少なくとも凶器の刃物は水平にすることが肝心だ。そうすれば、あばら骨をかいくぐることも可能となる。
つまり普通の人間が背中を襲う場合、何度もめった刺しにしない限りはなかなか絶命させられないということになる。普通の人間……それもよほどの殺意を抱いている奴の仕業だと思われた。
「一緒に仕事をさせてもらっていた笠浦です。この度は……お気の毒です」
なんて声を掛けたらいいのか、迷いながら出たのはそんな月並みな言葉だ。
現場の状況もそこそこに、笠浦は杉田が搬送された病院へと向かった。
9月だというのに晴天の空に太陽の光が降り注ぎ、妙に暑い日だった。
すでに冷たくなった杉田が顔に白い布を掛けられベッドに仰向けになっていた。
母親らしき年配の女性が傍らで泣きくずれていた。
「なんで、なんでこの子が……いったい何の恨みがあってこんな……」
彼女の悲痛な叫びを受け止めるには、自分も打ちのめされ過ぎていた。
「必ず、絶対に犯人を捕まえて……ぶっ殺します」
あり得ない言葉が口をついた。
「お、お願いします。よろしくお願いします」嗚咽の中で彼女はそれを懇願した。
やがて杉田は司法解剖のために運ばれていった。
死因は刃物による裂傷、出血多量の失血死とのことだった。
事件は昼過ぎにはいっせいに、若き警察官が何者かに殺された事件として大きく報道された。警察署内は大騒ぎとなったが、別に特別番組を組まれるというほどのこともなかった。その日の夕方には、たんたんとした日常という大きな世の中の流れに、事件はうずもれていくようだった。
杉田の足取りをたどると、夕べ彼は高校時代の同期と飲んでいたらしい。2次会3次会へと数人で流れ、午前1時過ぎには解散したようだ。そのあと現場の河川敷へと向かい、何者かに襲われたようだ。ともに飲んでいたうちの何人かとは直接話しを聞くことが出来た。
年に2回くらいは会って飲む仲だという。職業は平凡なサラリーマンばかりだ。いつものように陽気に騒いで飲んで、歌ってそのあと別れてそれぞれ帰路についたとのことだ。事件につながるような供述は何も得られなかった。彼が殺されたことに驚きと悲しみを隠し切れない者ばかりだった。彼らが完全に白だという決定的な証拠は何もないが、永年の刑事の勘で犯人と感じる者はいなかった。
「まだまだ調べることは山のようにある。全てはこれからだ」
笠浦は身体中の血が煮えたぎるような感覚を強く感じていた。杉田を殺した犯人を捕まえることが、かつて誘拐犯に殺された昇への罪滅ぼしとなるような気がした。
現場に残された仔猫の死骸。これがいったい何を意味するものなのか。まさかあのブログの作者が、かつての事件と全く同じ過ちを犯すなんてことがあるだろうか? まさか。彼が書いている小説が本当であるなら、今の幸せの絶頂でそんな犯罪を犯すだろうか?
だがヤツはそれこそ金が喉から手が出るほど欲しいはずだ。何をしでかしてもおかしくはない……とはいっても、杉田の財布は奪われていなかった……やはりあり得ないことか。
笠浦はあのブログの作者のかつての犯罪が、どうしても頭から離れなかった。ばかばかしいと思いながらも打ち消すには惜しい情報のような気がしていた。
そんな時、スマホの通知が鳴った。
笠浦は画面を開いた。
『逃亡馬券生活』 ~サバイバル投資競馬~ 第249回 by 狂死狼
第11章 新たなる旅立ち
2 美しい声
その5 (最終回)
突然だが、大変なことになった。その内容をここで報告することはできない。
今、自分がしでかしたことの甚大さに恐れおののいている。
このまま、アリサとマミを守っていけるのかどうか、まるで自信がない。
とにかく、自分なりに全力で何とかするしかない。とてつもない困難が……この先待ち受けているのだ。
もうブログの更新は無理だろう。とあることに決着がつくまでは、書けないと思う。
これまで応援してくれたみんな。本当にありがとう。
またいつか、全てを明らかにできるその日まで。
さようなら……。
そこでブログは終わっていた。
「どういうことだ、これは?」
笠浦は混乱する頭の中で、とにかくこの作者を突きとめることを最優先にするべきだ、と考えていた。
続く




