第12章 追跡馬券生活 8
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
2 追跡の始まり
その1
杉田は初めから刑事という仕事に誇りなどみじんも感じてはいなかった。自分がまさか警察官になるとも、またなれるとも思っていなかった。今でもそれは不思議に感じていた。
中学から高校にかけては相当なワルで名を売った。喧嘩に明け暮れ、傷害事件や暴力事件を起こしては警察の厄介にもなった。ただ特筆できることは、彼は決して弱い者いじめや理不尽な暴力を働くということはなかった。むしろ弱い者をいたわる気持ちは誰よりも強く、ゆえに事件を起こしてしまうという性格だった。それが同年代の不良連中の目には気に食わないものに映ったため、数多く衝突したのだった。
彼は誰に対してもおじけづくことはなく、どれほど強いと感じた相手にも捨て身で戦うことを信条とした。背景には父親の特殊な性質に原因があった。
父親杉田潤造は腕のいい大工だったが、異常に正義感が強かった。生まれつき曲がったことが大嫌いな性格で、たとえどんな極道者であろうと理不尽なことには目を逸らさなかった、ヤクザの大親分にも堂々と立ち向かったのだ。
それが仇となって死んだ。杉田が中学校に上がったばかりの頃だった。ほんのささいな揉め事に口を出したことが切掛けだ。揉めた相手が新興の暴力団組織の幹部だったことで、抗争中の敵対組織の人間と間違われたのだ。まさかただの一般人が泣く子も黙る極道に立てつくなど思いもしないことだったから背後から刺される不運にみまわれた。深くえぐるように突き刺さった刃物に、正義はかなわなかった。
馬鹿な死に様だと笑う者もあった。杉田は憤った。父は誇りであり英雄に思えた。自分もそうありたいと心に刻んだのだった。母親はそんな杉田が、父親と同じ不幸なことにならないよう気を病んだ。日頃から死んだ夫を蔑むことで、おかしな正義感を彼から掬い取ろうとしたのだ。
逆効果だった。彼もまた無鉄砲さでは父を上回る勢いとなり、暴れ回る日々が続いた。
いつの間にか不良たちのアタマを張る存在となり彼の中の正義は消えていた。いったい何が正義で何が悪なのかもわからなくなっていた。
流されるような日々に満足などはなかったが、不満足でもなかった。
そんな荒れた彼を救い出そうと考えたのが笠浦だ。高校の先輩後輩の間柄であったことから杉田をかわいがり、いずれ警察に引き込んでやろうと考えたのだ。もちろん彼の父親の非業の死も知っていた。互いに父親がいない境遇も同じだ。
彼を真っ当な道へと方向転換させるためには手ひどい鞭と飴を使った。今でもその頃の名残りで鉄拳は容赦なく飛ぶ。自他ともに認める固い絆に結ばれた仲、だった。
しかし、時の流れは残酷だ。杉田が交番勤務の巡査の頃は笠浦も敏腕刑事だったし憧れの存在でもあったのだ。
警察組織というのは思うほど純粋で遣り甲斐のある仕事ではなかった。杉田は痛感した。捻じ曲げられる捜査結果や調査報告、調書類、いつのまにか改ざんされる加害者の罪、被害者の訴え、そんなものは日常茶飯事だった。正義のために職務を全うしようなどといった熱意など、数年も勤務すると失せてしまった。
どうせ警察という仕事にどっぷりとつかって生きるなら、交番勤務よりは自由な刑事になりたい。というのが刑事になった動機だ。
杉田が笠浦の部署へとやってきた時、すでに笠浦もやさぐれていた。二人で組むことになったのは幸か不幸なのか、堕落してゆくことに拍車がかかったのは事実だ。
それでも今どきの若者である杉田には後悔も後ろめたさもなかった。安定の公務員勤めと考えればまあ良しだ。気の合う先輩と気楽な警察稼業も悪くはないと感じていた。
笠浦もまた、杉田を警察に引き込んだ責任を少しは感じながらも、良くも悪くも彼を道連れに日々楽しくやり過ごせたらそれでいいと考えていた。
そう、杉田が何者かに殺された、あの日までは……
続く




