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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第12章  追跡馬券生活 7

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」


1  永遠の始まり


 その7


 笠浦は続けてスマホの画面をスライドさせた。


 ゆい吉先生に頼み、ひっそりと出産できる病院を紹介してもらったのが功を奏した。その産院は路地裏の人目につかない場所にあった。なるべく誰の目にも触れないで出産を終えたかったからだ。

 古い病室の一室で、俺は生まれたばかりの赤子を抱き上げた。ちいさな赤い顔は猿にしか見えなかった。小刻みに震えながらけたたましく泣き叫んだ。初めは実感がわかなかった。これが本当に俺の子供なのか……抱き上げる時に抵抗がなかったと言ったら噓になる。でもそれは最初だけだ。わずか2700gほどの命の重さが、みるみるうちに突き刺すような電流となって俺の身体中に流れた。

 こんな俺にも子供が出来た……ほとばしるような喜びと同時に背負いきれそうもない重圧とがごちゃ混ぜになって、涙があふれてきた。アリサが差し出してきた手を赤ん坊を抱きかかえたまま握りしめた。アリサの目にも涙が溢れていた。

「名前、考えてくれた?」アリサが言った。

「ウキョウに決めてたんだけどな。女の子じゃなあ」

「なによそれ」

「相棒のウキョウさん」

「うーん男の子なら悪くないけどね」

「じゃあシンコかマミーにしよう」

「え~」

「太陽にほえろな」

「なんで刑事の名前ばっかなのさ」

「え、いや、厄除けになるかと思って」

「馬鹿じゃないの」

「うん。まあよく考えてみるよ」

「頼んだよ。お父さん」

「あ、いや、それは……」それはまだ言って欲しくないような、なんだかくすぐったいような変な気分だった。


そこまで読んで笠浦は苦笑した。

「馬鹿馬鹿しい。刑事の名前はないだろうよ。どれだけ刑事モノが好きなんだ。しかも古い」

「先輩、なんかこの頃スマホばっかいじってますね。独り言いうほど夢中だし。おかしいすよ。土日以外は用なしじゃなかったんすか」

「うるせーな。俺にも競馬以外の趣味ってのがあるんだよ。最近は読書な」

「え~~そんなガラにはみえませんよねえ」

「うるせ。日々犯罪者の心理ってのを研究してんだよ、これでも」

 笠浦は別れた妻との出産の時を思い出していた。追いかけていた事件が佳境に入り、とても立ち会うことはできなかった。我が娘に対面したのは出産の翌朝だった。

 笠浦は小説の続きへ目を戻した。

 


アリサから破水したとの連絡が来てからは目まぐるしい時間が流れ過ぎていった。なにぶんすべてが初めての経験だ。俺は場外馬券売り場を飛び出してすぐに部屋へ戻り、アリサと産院までタクシーを飛ばした。それから二晩アリサは苦しんだ。見るに堪えられない苦しみようだった。無理もない。30代後半はやはり今でも高齢出産の部類だ。その上、頼れる身内は誰もいない。俺はゆい吉先生に色々アドバイスをもらった。本当に助かった。

ようやく苦しみを乗り越えて無事出産した今、いつまでも感慨にふけっている時間は俺にはない。何しろ逃亡者なのだ。

とにかく、俺はアリサと新しい命と3人の生活を根底から支えなくてはならない。逃げることは選択肢になかった。さあどうする。

出産に掛かる費用と当面の生活費だって充分とは言えない。とにかく金だ。金を稼がなければ。

俺の未来には暗くてどんよりとした暗雲が立ち込めているとしか思えなかった。だけどなぜか、真っ黒な雲の間からまっすぐな光が幾筋も輝いているようにも視えるのだった。

 


   続く


(スマホ画面終わり)



「阿保だよなあコイツ。何で逃げない。まあ、俺も大して変わりはしないか……」

笠浦は娘のためにますます仕事をこなすと決意したあの頃の青さを思い出していた。

「独り言は明らかに老化現象っすよね」

 笠浦は杉田に鉄拳をくらわそうと思ったが、なぜかその時は思いとどまった。



  続く


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