第12章 追跡馬券生活 4
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
1 永遠の始まり
その4
笠浦はスマホの画面をグリーンチャンネルからブログ記事へと切り替えた。
(以下スマホ画面)
『逃亡馬券生活』 ~サバイバル投資競馬~(以下略)
第11章 新たなる旅立ち
2 美しい声
その2
アリサは恐ろしいほどの執念で俺をS市の、場末のネットカフェまで追ってきた。その熱意には驚かされた。今度はGPSなどではなく、俺の回りにいる知人のつてに頼っての捜索で行方を掴んだようだった。
そして、いきなり現れた彼女から妊娠の報告を受けるとは思いもよらなかった。当然ながら、俺は自分の立場をわきまえている。言われずとも避妊はしっかりしていたつもりだった。
だが、T市で例の不可解な事件にかかわっていた頃、奴らの宿命とも言うべき因縁に自分がからめとられ、ある意味自暴自棄となっていたのも事実だ。無意識のうちにアリサの身体を求めた夜もあったかもしれない。それについては正直、あまり自信がない。
だから、受け入れるしかないのだと感じた。じたばたあがいたところでどうしようもない。そんな諦めの心境でもあった。
ともかく俺を見つけた彼女は安心したのだろう、その場で泣き出し、それまでの疲れからか倒れ込んだ。不覚を取ったとの思いもあったが、彼女を抱きかかえて包み込むしかなかった。
あくる日、俺はミウラやチャンゴと別れて小さな荷物を持ってネバーランドを後にした。
彼らは俺の境遇を応援するように笑顔で見送ってくれた。
そうして二人で街をさまよい、見つけたのは東区にあるとある古い、小さなアパートだった。保証人や敷金礼金など不要な大家さん直通の物件だ。子供が生まれるまでの準備と体制を整えることを約束して入居した、とりあえずの隠れ家だ。
それから半年が過ぎた。
俺は日雇いの仕事を探し週に4日ほどの労働で最低限の暮らしを支えた。
時々少額の馬券勝負もしたが、負ける方が多く生活はぎりぎりだった。
アリサは腹が目立たぬうちは夜のバイトを探して週3日は働いてくれた。
彼女なリのこだわりがあったのだろう、以前勤めた店には迷惑を掛けたくないと接触することはなかった。
逃亡生活は二人の心を切り刻んだ。その日暮らしの不安定さが、互いの心を疲弊させた。だけど、その分互いを切っても切れない腐れ縁とでもいうような密接な関係へと昇華させた。
いや、違う。それは堕落というべきだろうか。
俺はいつかどこかで彼女から逃げるつもりでいる。こんな俺に子供を育てるなんてできっこない。不幸にするだけだ。俺には生まれてくる、自分の分身かも知れないがやがて自我が目覚め、別の人格として成長するであろうわが子に、教えられることなど何もない。何一つないのだ。こんな恥ずかしい男を父親と認識させるわけにはいかないのだ。
だから彼女には腹が目立たぬうちに、夜の職場で誰かいい男でも見つけてくれと願っていた。またこんな男であればいつか必ず愛想をつかしてくれるだろう……そんなことを秘かに期待していたのだ。
だが、ずるずると時は過ぎていった。
気付いた時にはもう、彼女の腹は大きく膨れ上がり、夜の仕事もできる状況ではなくなっていた。彼女は私生児としての母子手帳をもらい、病院へ通い始めていた。
そんな時、俺は久しぶりに大きな勝負をもくろんでいた。
S市開催の一大イベント、S記念G3だ。
出産費用、その後の育児費用、突発的な医療費なども用意しなければならない。だが、日雇いの土木作業員じゃ何も蓄えることなどできやしない。
俺はS記念前日の前売り馬券を買うためにS市中央区にあるWINSへ向かった。
有り金勝負をするために……。
よし、これでいいだろう。軸馬を思い入れの強いジャックドールと決めていた。この馬を軸に流した3連単のいくつかでマークシートの番号を塗りつぶした。よし、勝負だ。いつになく並んでいる馬券発売機の一つに並んだ。
あと一人だ。この男が終われば自分の番だ。俺の前には冴えない中年男がいた。
「現金が不足しております。お金を入れるか清算を押してください」
発券機からの無機質な声が聞こえた。男は慌てふためいている。「あちゃー500円、あれ、なかったか? くっそー」
なんだコイツ、馬鹿か? 馬鹿なのか? 面倒なやつ。しかたない。
「これ、どうぞ良かったら。さっき当てたんで」俺はポケットで見つけた500円硬貨を男に差し出した。
「ええ?いいんですか」
やれやれだ。男は喜んで受け取り、機械に硬貨を落とした。
その時だ。メールの着信が携帯を振動させた。
「破水したから。生まれるかも」
アリサからだった。
え? なにそれ? 俺は走り出していた。さすがに馬券を買っている場合じゃないと感じた。
すぐに病院へと向かったのだ。
続く
(スマホが面終わり)
「え~~~?」
「なんすか。まさか当たったんじゃ?」
「だからおめえはうるせー」
笠浦はあまりのことに、しばらくスマホの画面から目を離すことが出来なかった。
続く




