第12章 追跡馬券生活 3
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」
1 永遠の始まり
その3
S競馬場でS記念が行われたその日は、入場券がネット予約販売のみであったにもかかわらずあふれるほどの客がひしめき合い、大盛況であることが伝えられた。テレビ中継の小さなスマホの画面からもそれは窺えた。
笠浦はその時間、同僚の杉田とともに警察車両の中にいた。適当な空き地に車両を停めてエンジンを掛けっぱなしでエアコンを最高潮に利かせていた。
二人は一週間前に東区で起きた強盗傷害未遂事件で逃げた犯人の行方を追う捜査を割り当てられていた。杉田はまだ新米の平捜査員だ。事件捜査のイロハを教え込めとの上司からのしちめんどくさい役目を押し付けられていたのだ。昨日はたまたま杉田が非番だったため、一人で捜査という名の関連施設(地下喫茶店)調査と強盗にいたる原因究明のためにギャンブル依存関連を、WINSで調査を行っていたというわけだ。
杉田は薦めても馬券を買うことはなかったが、笠浦とのチームでいればほぼ一日を適当に楽に過ごせるので二人の勤務を気に入っていた。笠浦が競馬観戦の間もスマホいじりで暇をつぶせる。
「ソダシはちょっと危ないかもしれないなあ……危険だ。実に危険だ」
笠浦の語る蘊蓄など何もわからなかったが杉田は「へえ~そうなんですか? じゃあまた今月ピンチっすね」などと適当に相槌をうっていた。
小さな画面には、実にうらやましい奴だと常日頃感じている旗振りのおっさんがクルマの後ろの昇降機に乗り込んだ。颯爽と風を切るように旗を振る姿を見ながら、彼は買い込んだ馬券を確認した。
「まあでも、悪くとも3着は外さないだろう」
笠浦はほくそ笑んだ。各馬券はソダシからマルチで流した3連単の組み合わせばかりだった。
「パピプペポポピー」二つ三つ外れた不協和音のような生演奏が聞こえてきた。
「なんじゃこりゃ?」
「ぷッ」思わずこみ上げる笑いを杉田も我慢できなかった。
プペポピポピピー
自衛隊の音楽隊だそうだが、あり得ない調子はずれのへなちょこな演奏だ。
有事の際、こんな演奏でいきなり戦地に送り込まれた日には、敵前逃亡もやむなしだろう。たかが音楽、されど音楽。時には部隊の命運を変えるかもしれない重要な役目ではないのか? 所詮はギャンブルという感覚なのだろうが、あまりにお粗末と言わざるを得ない。
ガシャン。
ゲートが開いた。
いっせいに馬たちがゲートを飛び出してゆく。2分間のドラマのスタートだ。
笠浦は車のハンドルを強く握りしめ、体が硬直するのではないかというくらいに力を込めた。
「いけ~いけええ~」
ほとばしる情熱を叫び声にして叫んだ。さほど興味がないとはいえ、先輩が熱中しているものに無関心という訳にもいかない。杉田もスマホの画面に釘付けになった。
暑く燃えたぎる2分間のドラマだった。
期待したソダシは5着に沈んだ。
「ああーくっそう! せっかく500円恵んでもらったゲンのいい馬券だってのよおーハズレだ、ハズレ。ソダシのくそが! しんでまえ!!」
助手席の杉田は笑いを押さえるのに必死だ。この場合、下手にからかうような態度を見せる訳にはいかない。即座に鉄拳が飛んでくることをもう学習しているからだ。
まあこんなもんさ……これが競馬だ。あの喫茶店の姉ちゃんもきっと負けたろうなあ。今度慰めてやるか……笠浦の顔が次第にいやらし気に変化したなところでスマホが鳴った。例の小説ブログの投稿通知だ。
「来たあ! 来た来たー」
「え。 まさか当たってたんすか? 嘘?」いきなりの声に杉田が不審な顔を見せた。
「うるせえッ」
鉄拳というほどではなかったが、笠浦は軽く杉田の頬をこずいた。
続く




