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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第11章  新たなる旅立ち 4

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」


1  哀しい声


 その4


 「もう飲めないよ。駄目だあ、勘弁してくれえ」

 今夜の最初のギブアップはちゃんごだった。

「俺が今これから何をしようとしているのか、お前はすでにわかってるよな。心の声が聞こえるんだろう? さて、このウイスキーとビールと焼酎を絶妙なブレンドでカクテルにしたおいしいドリンクをこれから俺は……」

「うわあ……もうヤメてええ。恐ろしい企みの声が聞こえる。ハズレ馬券に有り金突っ込むおやじの変な自信の声とおんなじように聞こえてくるう。うわああ」

 ミウラが適当に混ぜた変な色をした酒をちゃんごに飲ませようとするのを寸前でさえぎってグラスを奪い取り、俺はごくごくと飲み干した。

「あらら」

「うへええ」

「いやさすが、この中で君は一番強い」

 先生とミウラとちゃんごの声がぼやけて聞こえてくる。

さすがにぐるりと天井が回転を始めた。もうこれでおしまいだよ。これ以上は一滴も飲めない……ムカムカしてきた胃のあたりをさすりながら、俺は朦朧としてゆく意識の中で考えていた。

先生は果たして、こんなことで息子さんの弔いが出来たのだろうか?

残念ながら、こんなバカ騒ぎをいくら積み重ねたところでその悲しみが癒えることなどないだろう。どんなに飲もうとも、アルコールで消えることなどない。

だけどそんなことはここにいる3人にはわかりきっていた。ちゃんごのあの特殊な能力がなくったって、深い哀しみの声が頭の中に反響して聞こえてくるようだった。分かりきっているからこそ、俺たちは飲んだ。そしてバカ騒ぎを繰り返した。


気が付いたらいつものねぐらだった。『ネバーランド・新年オリジナルメニュー』が壁に貼り付けてある狭い部屋だ。

 いつの間に……まあたぶん、ミウラが俺を肩に担いでここまで連れてきてくれたのだろう。

そういえばミウラがねぐらにしていたのはここではなくて、確か『イマジンハウス』だったはずだ。ああ、あそこはもうつぶれてなくなってしまったと聞いた。こんな商売も新型コロナのせいなのか、経営は苦しいらしい。

いくらなんでも息子さんの不幸のさなかに一人遊び惚けて失踪状態じゃ、偉いお医者さんが失業することにもなりかねない。そう心配しての、夕べは最後の宴だったはずだ。もう先生は家に帰っているだろう。さすがに俺も飲み過ぎた。久しぶりに二日酔いの重い頭を抱えて起き上がった。腕時計は9時過ぎをさしていた。そうだ。俺だっていつまでもこんな遊び惚けているわけにはいかない。所持金も心細い。このままではふた月と持たないだろう。なんとか手立てを考えなければ。

ミウラとちゃんごはいったいどうしただろう? まだここにいるのだろうか。まあ、彼らの心配などおこがましい。とにかく彼らは、偶然なのか運命なのかわからぬままに互いが引かれあうかのようにここS市で再開し、昼はギャンブル夜は酒場で暴れまわっていた。そして『ネバーランド』で俺とぶつかり合うかのように再開した。それから3日間を4人は狂ったように遊び歩き騒ぎまくったのだ……。

祭りの後の静けさが俺を感傷的にさせていた。彼らの身の上話を思い出していた。

ミウラは親兄弟との別れ、ちゃんごはカオリとの別れ。カオリは精神を病み、病院で隔離さ

れた状態らしい。日本は未だに精神科の病院が世界一多いのだとか。その病床数は世界全体の30%を占めるらしい……俺にはどうすることもできない現実を受け止めるしかなかった。

それぞれが哀しい別れを抱えた者たちだった。俺には慰める言葉などある訳がなかった。

ただ言えるのは、みんな幸せになって欲しいということだけだ。先生もミウラもちゃんごも。そして俺だけが犯罪者だ。俺だけは幸せになる資格などないのだ。それは決して言えないけれども、気の置けない仲間でありながらどこか他人の振りを俺だけは見せてしまったのかもしれない。そんな心の声がちゃんごの頭の中に聞こえていなければいいが……。

 そんなことを思いながら喉が渇いた俺は部屋の外へ出た。頭が痛い。ぐらぐらする。

 今にも吐きそうな嫌な気分でドリンクコーナーへと向かうと満面の笑みで先生が立っていた。

「やあ。気分はどうだい? ちょっと飲み過ぎたね。こんな時はトマトジュースが効くよねえ」

 先生は短パンに網タイツの格好で腰に手を当てて、まるで恵方巻を咥えるのように赤いトマトジュースをごくごくと旨そうに飲み干した。

「おはよう」

 振り返ると、ミウラとちゃんごが眠そうなひげ面をして近づいてくるのが見えた。



 続く



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