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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第11章  新たなる旅立ち 3

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」

1  哀しい声



 その3



 端正な顔立ちでほほ笑む彼の写真に手を合わせた。線香の匂いが10畳ほどの和室に立ち込めていた。

 一時は回復に向かっていたはずの息子さんの容態が急変したのは昨年の12月初めのことだったという。みるみるうちにやせ細り、苦しむ姿はとても見ていられなかった。昨年暮れともなるともう治療の手立てがないのは明らかだった。最後の力を振り絞って迎えた新年、2日を過ごしたのちに静かに旅立っていったという。24歳という若さだった。

 あんなに明るく未来を夢見ていたあの頃の彼の姿を思い起こすと、自然に涙がこぼれた。長く苦しんだであろう自己の悩みをカミングアウトすることで、病気すら克服できる力を得たのだとばかり思い込んでいた。だが……現実はそう甘くはなかったのだ。

 先生は存外に気丈な態度を見せ、奥さんを励ましながら葬儀までの段取りを一人でこなし涙を見せることもなかったらしい。意外だった。人間というのはあまりにも深い悲しみの前では泣くことすら出来なくなるものらしい。俺はその先生の姿を思い浮かべて、また涙した。

 しかし、先生は姿を消した。葬儀が終わると同時に誰にもなにも告げず、荷物らしい荷物も持たずにいなくなったという。携帯電話も着替えさえも持たずに……。

 いったい先生の胸中に何があったのだろう。他人には計り知れない深い悲しみが、彼をいたたまれない思いに駆り立てたのだろうか。

先生を見つけたらすぐに知らせることを奥さんと固く約束して、俺は早々に悲しみに包まれた家を出た。思い当たる場所をとにかく全て当たってみることにした。


 S市では毎日雪が続いた。いつ止むともしれない雪は、あてもなく歩き回る俺の心をかき乱しイラつかせるには充分だった。道はところどころ閉ざされ、除雪されて山になった雪でアップダウンが激しくなる。深い雪を踏みしめると、沈んだ靴のヘリから入り込んだ雪が足を凍りつかせる。H道民がよくいう、シャッコくてしもやけどころか凍傷になってもおかしくない状態だ。

そんな中、あたれるところは片っぱしからあたってみた。出江先生にも会って訪ねたが昨年秋口から連絡も取れず今回の不幸も年明けにはじめて知ったそうだ。ゆい吉先生の行方は何もわからなかった。相変わらず快活で饒舌な様子は変わることなく、俺は一安心することが出来た。

息子さんが勤めていたあのおかまバーや二人で行った女装バーはすでにつぶれてしまったのか、跡形もなくなっていた。場外馬券場も地方、中央競馬ともにくまなく探したが見当たらなかった。その他、思い出せる場所は全て行ってみたがどこにも先生の姿はなかった。

いったいどこへ消えたのだろうか。もうここS市にはいないのだろうか? だとしたら見つけることは不可能に近いだろう。しかし、荷物も何も持たずにそれほど遠くへ行くだろうか? いや、お金やカードでいくらでも揃えることはできるのだし、その気になれば海外にだって行けるだろうが……。

 空しい日々が続いた。あてもなく街中を歩きまわり、途方に暮れてはねぐらであるネバーランドへ戻り惰眠をむさぼる。毎日がその繰り返しだった。

 大雪に見舞われたS市はその動脈である道路がことごとく雪に阻まれ、都市としての機能の大部分を麻痺させていた。俺はくたくただった。

何のためにここへ舞い戻ってきたのだろう。俺はいったい何がしたいんだ。先生に会って何を話す? 息子さんの不幸を慰めるのか? そんなことを先生が望んでいるだろうか。アリサには置手紙だけ残して出てきた。

 俺のことはもう忘れてくれ。このまま一緒にいると必ずお前を不幸にするから。どうか俺を捜さないでくれ。今まで本当にありがとう。

そう書いた。そうするしかないと思った。おそらく俺のことを探っている奴らが彼女に接触していることだろう。勘の鋭い女だから、もう俺のことをすべて理解しているだろう。こんなバカな男のことなど忘れてどうか新しい彼氏でも作って幸せになってくれ。心からそう思う。

 これまでも俺に近づいた女はみんな不幸になった。それは間違いない。それが俺の歩いてきた道だ。暗いどこまでも暗い闇の中の道だ。

 眠りに落ちようとしていた俺の耳に数人の男たちの声が聞こえてきた。

「もうちょい飲みなおすか」

「ちょっと静かに。もう遅いですよ」

「うむ。まあ少しだけ」

「それにしてもなつかしいなあここ」

え? 

 懐かしい声だった。

 先生……ミウラ……ちゃんご。

 


 続く


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