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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第11章  新たなる旅立ち 2

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。投資馬券と底辺の仕事をこなすサバイバルの日々を綴ってゆく」

1  哀しい声


 その2


 久しぶりに戻ってきたS市は依然よりも殺風景な街に感じられた。本の10日ほど前、元旦を迎えたS市に降り立った俺は懐かしさよりも孤独に打ちひしがれていた。雪が降り続くせいばかりではなかっただろう。正月の初もうでの人並みもまばらで商店街も静かだった。

10日を過ぎてようやく正月気分は人々の心から過ぎ去っていたようだったが殺風景さはますます加速していくように思う。殺風景がよりひどくなることを加速するというのもおかしな表現だが、変異ウイルスやら不景気やら政治不信やらで人々の元気や明るさが失われているのはおそらく事実だろう。浮かれ騒ぎの酔っ払いさえ見かけることは今日までまれだった。

大晦日を二人で過ごした最後の夜は飲み過ぎたせいにして、除夜の鐘の声を待つこともなく布団にもぐりこんだ。実際、大量にアルコールを喉に流し込んでいたが少しも酔えなかった。アリサはそんな俺に不満を漏らしたが、酔いつぶれてフリの俺を諦めてテレビに見入っていた。狸寝入りに気づいていたかどうかはよくわからなかった。アリサが寝床の俺の隣にやってきたのは午前3時を過ぎていただろうか。すぐに寝息を立て始めたが、俺はやはり眠れずにいた。

 朝5時に静かに起き出し、最低限の荷物をカバンに詰めて部屋を出た。外はまだ真っ暗だ。寝息を立てているアリサに無言のさよならを言った。

 向かったのは結局S市だった。いつの間にかネットカフェ「ネバーランド」にたどり着いていた。あの時初めて隠れ住んだ場所だ。何も変わっていなかった。あの頃見かけた人たちはもう誰もいなかった。

 不思議に落ち着く場所であることがとても不思議だった。


 タクシーを使う余裕などない上に時間だけはたっぷり使える立場だ。俺は例の病院までの道のりを雪が降る中をとぼとぼと歩いた。たどり着いたころには雪はやんでいて、低い太陽が意外にまぶしい光を放っていた。

 ゆい吉先生は不在だった。いつなら会えるのかを問うと、受付の事務員はいぶかしげな顔をして見せた。

「ちょっとわかりません。しばらくお休みでして」

「え? どうされたんですか。どなたか身内に不幸でもあったんですか?」

 俺の頭にはすぐに息子さんのことがよぎった。

「あ。いえ。プライベートなことについては……すみませんが」事務員は抵抗を示した。

しまった。聞き方が雑過ぎた。くそ。

「そうですか……」

 事務員の顔が曇ってゆく。やはり……もしかしたら。

 俺はいてもたってもいられなくなり病院の受付を離れた。

 しばらく病院にも来ないなんてよほどのことがあったに違いない。ずっと音沙汰もなしに消えていた俺が今さら騒ぐのもおかしいことだがかといって、やり過ごすこともできやしない。ならば直接自宅へ行ってみるか。

 あの頃いつでも遊びにおいでと言ってくれた先生が教えてくれた住所は、メモ帳に汚い書きなぐった字のまま残っていた。


 ここS市の中でも高級住宅地として名高いMの森と呼ばれる、S市街を見下ろすような小高い山復に先生の自宅はあった。タクシーを飛ばしてやってきた。

 ここだ。え? いきなり忌中の簾が目に飛び込んできた。やはりそうなのか? 心臓がじかに誰かの手で握りつぶされるかのような衝撃が走った。お経を読む声が家の中から静かに流れてくる。

 どうする? こんな時に部外者が入り込んでいいものなのか? いや、何があっても俺と先生の仲だ。たぶん許されるはず。そうだろう?   自問自答しながらも、お経が止んだ頃合いを見計らって恐る恐るインターホンを押した。

 出てきた奥さんらしき人は、憔悴しきっている様子がはっきりと見て取れた。きれいな人だった。透き通るかのような白い肌に、急激にしおれてしまったようなはかなさと妖艶さとを合わせ持つ不思議な雰囲気を漂わせていた。

「ごめんなさい。せっかくいらしたのに今は取り込み中で……」

 俺はしばらくぶりに先生に会いに来たことをかいつまんで、かつて世話になったことも交えて話したが、やはり取り次いではくれなさそうだった。

「すみません。こんな時に。お悔やみ申し上げます」そう言うしかなかった。

「本当に……これが運命とはいえ……なんであの子が……こんなに早く」

 目に涙があふれている。やはり息子さんの不幸のようだ。俺はかける言葉を失くしたが絞り出すようにつぶやいた。

「ご愁傷様で……ございます。さぞ先生もお気を落とされていらっしゃるでしょうね」

 すると、奥さんはきっと目を見開いて強い口調で言い放った。

「もしかして。違っていたらごめんなさい。あなたはうちの人が今どこにいるのかご存じではないんですか? もしかしたら、あの人に様子を伺って来いと言われてきた、とか」

 明らかに疑いの目を向けてきた。俺は何を言っているのかすぐには理解が追い付かなかった。

「えっと、あの、それじゃここに、先生はいらっしゃらないんですか?」

「あ、ええ……ごめんなさい。どうやら違うようね」

 聡明な人なのだと思った。すぐに見当違いであることを察して疑いの目は一瞬で優しいまなざしに戻った。

「あの子が、息子が容体が急変して……亡くなった次の日からもう一週間も……いったいどこに。あ、ごめんなさい。こんな内輪の恥を」

「え? 先生が」

 俺は先生の失踪よりも目の前の女性が今にも消えて失くなるのではないかというおかしな想像をしながら、彼女の目からまたもやあふれる水滴をみつめていた。


 

  続く


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