第10章 果てしない旅路 15
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」
2 愚者の祈り
その3
深いしわが刻まれ、生気が抜け落ちたような色の堂上は間違いなく山本愁一老けさせたらうり二つの顔つきだった。
堂上と入れ替わったあの山本は堂上の少なくとも近親者なのではないか?
心に芽生えた疑惑を俺は言葉にしてみた。そんな馬鹿な。だとしたら堂上は身内の若者を犠牲にして生き延びようというのか? 知らなかったことだとしても、そんなことが許されるのか。もちろん他人なら許されるというものでもない。だが、身内ならばなおさらだろう。俺にはそんなおぞましいことにこれ以上加担するなんてことはできやしない。冗談じゃない。心の中の自分という大事な根幹がボロボロに崩れ落ちて失くなってしまいそうだった。
煩雑で汚い事務所の中で陳さんは背もたれに深く体を沈めてまどろんでいた。ママは事務所の隅の流しで何やら煮込んでいるようだった。旨そうな匂いが漂っていた。
勢いよくドアを開けたままの姿勢で俺は陳さんに疑問を投げかけた。
「ああ。そういうことだ。だからこそ入れ替わりが成功したんだろうな」
あっさりと認めた。拍子抜けするほどだった。ママは聞いてないようなふりで背中を向けていた。
「それを知っていながら、彼らには黙ってこんなバカげたことをやったって言うのか」
「ああ。そうだよ。もちろん、うまくいくかどうかは自信などなかったけどな。案外遺伝子がより近しいものであれば成功率は高いのかも知れんなあ、ねえ侭侭」
ママは背中を少し揺らせて肯定のような返事をした。
「なんだって。そんな……酷すぎやしないか? こんなことをしていったい何になるってんだよ」
「いいじゃないの。面白いじゃん。これで二人が救われるかもしれないんだよ。そのお手伝いをしてあげただけじゃないの」
「面白いって……」
「山本はね、小さい頃風疹で死にかけた堂上の妹さんの子供なのよ。堂上の親が病院にも連れて行けずに途方に暮れていた時、運よく通りがかった人の好い山本という御仁が引き取ったのさ。このことは誰にもわからないように秘密にするって条件で。それから妹さんは成長して、山本の妾となり、愁一を生んだ。そのことは堂上氏も知らずにいたこと。今更本当のことを教える必要もないでしょう」
「そんな。あの二人は伯父と甥の関係なのか。だったら、せめて殺しあうことは辞めさせないと」
「殺しあうとはいったいどういうことだね。あの二人が殺しあうだって? 馬鹿なことは言いっこなしだよ。堂上氏にそんな力はもう残ってないし、山本にしたって堂上を殺すことに意味はないよ。もう間もなく確実に死を迎えるんだからね」
「そうじゃない、そうじゃないんだ。あの二人の考えはそれぞれ違う、きっと違うんだと思う。だけど、結果はきっと……あ、そうだ。今日山本の監視は?」
「寧音が受け持ってるよ。今頃ならきっと、部屋にいるんじゃないかな」
「え? だとしたら、寧音さんがもしかすると……こうしちゃいられない。ちょっと、行ってくる」
「何がどうしたっていうの? ちょ。キョウさん」
俺は胸騒ぎがして仕方なかった。あの二人はとっくに気づいているに違いない。お互いの関係について。そして……きっとこの後……」
俺は陳さんの事務所を飛び出し、山本がねぐらにしているホテルへと急いだ。陳さんとママもすぐにあとをついてきた。
続く




