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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第10章 果てしない旅路 12

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」

1 眠れない日々


その12



眠れない毎日というのは想像を超えた苦しみと、異常なほどのストレスを与えるのものだということを知った。12年前に亡くなったおふくろが睡眠障害に悩まされ、常に睡眠導入剤を服用していたが寝れない寝れないとこぼしているのを俺はうんざりとしたした気分で聞いていた。眠れないことをむしろ喜ぶべきじゃないのか、その分一日を長く有効に使えるんじゃないかと無責任に思っていたからだ。いつでもどこでも眠れるし朝早く起きるのが苦手だった俺にはうらやましいとさえ思えた。しかし、夜通し山本の監視という不規則で退屈極まりない仕事を2か月も続けるうちに俺はすっかり眠れない体質になってしまったようだ。

監視の仕事は陳さんと寧音の3人で交代制をとり24時間体制で行われた。山本の体内には秘密裏に超小型のGPS発信機が埋め込まれていたから見失うことはなかったのだが、突発的な事故や発作が起きた場合に備えての監視だ。それは堂上氏の命の期限までは果たさなければならない重要な任務だ。

山本は生まれ変わった当初、若さに任せた暴飲暴食、酒に女、博打と遊興といった、これまでしたくてもできないことに心血を注いでいた。それまでヒモのように一緒に暮らしていたキャバクラの女とは一度抱いただけですぐに別れたようだった。連日一人朝まで繁華街を練り歩き、次々と女をひっかけては朝方ホテル街へと消えた。この間は尾行するのも一苦労だった。気づかれないように同じ店に入り、離れた席で酒を飲むのということを散々経験した。そんな状況で飲む酒は少しも旨くなかったし、緊張感の中で一人監視する自分に嫌気がさすばかりだった。

気づかれないようにと言っても監視されていることは山本は知っていた。それが堂上と入れ替わる前の取り決めだったのだから当たり前なのだが、ただ表向きは接触を避けるということも折り込み済みだったのだ。彼の遊興や生活に関わる費用は妻である芽衣子によって施術と同時に山本名義の口座へ1億円ほどが振り込まれていた。

俺は監視されていることを知っている人間を気づかれないように監視するという、支離滅裂で孤独な仕事に苛まれていて睡眠という大事なそして甘美な人間の営みを見失いつつあったのだ。

ひと月もすると遊びに飽きてきた山本は何を思ったのか、図書館や博物館などへ通うようになった。夜は行きつけの店数軒で飲んだ後、日付が変わる前には駅近くのビジネスホテルへと戻るのだった。女遊びもぱたりと止んだ。俺たちはそのホテルのとなりの部屋を監視の本拠地としていた。朝までは隣の部屋の気配を監視するだけで良くなったのだが、睡眠障害は相変わらずだった。

堂上の本体……というか山本が入れ替わったであろう年老いた肉体の方は大学病院へとその体を移され、依然として予断を許さない状況ではあったがかといって今日明日を危ぶまれるというほどではなかった。厳重な医療体制の下に置かれてはいたが意識はなかったため、体と精神が入れ替わっているなどということに気づく者はいなかった。

いったいいつまでこんなバカげた監視を続けなくてはならないのか。山本が図書館の一番隅の席に座り本を読み込んでいる姿を対角線上の本棚の陰に隠れて見張りながら俺は考えていた。図書館……懐かしいな。カオリが勤めていたS市の図書館はここの数倍は大きかったな。そういえばあの気障な不倫男はどうしただろう。きっとまた別の女にちょっかいを出してるんだろうな。カオリは……幸せに暮らしているだろうか。役にも立たない読心術だったか……あのちゃんごと一緒に……。優香はどうしてるだろうか……つい昨日のことのように思える。けれど、ずいぶんと経ったようにも感じる……。

「ちょっとつきあってくれないか」

肩を叩かれてふと我に返った。いつの間にかまどろんでいたのか。声の方に振り向くと山本が俺を見ていた。

「監視の手を休めてさ。ちょっと話したいことがあるんだ」

「あ。ああはい」

思わず返事をしてしまった。こんな時はどうするんだったか。話をしては駄目だとは聞いてなかった。さてどうするか。

「やっぱり死のうと思うんだ。この体の山本君には悪いが……」

いったいどういうことだ?

しばらく感じたことがなかった眠気が一辺に吹き飛んでしまった。



   続く


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