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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第10章 果てしない旅路 10

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」

1 眠れない日々



その10


 アリサとの生活はこれまでのカオリや優香との暮らしとは一味違うものだった。

夜のアルバイトで生活費を稼いでくれたが、家事についても意外なことに、だらしないという風はまったくなく、きちんとこなしてくれていた。大して家具らしいものは何もなかったし急揃えの寝具や中古の家電に食器棚とタンス代わりの段ボール箱が積み上げられていて、小さなテーブルが食卓だった。午前2時には帰宅し、身の回りをきちんと片付けてからセミダブルの中古のベッドで一緒に寝た。

 朝9時には起き出して二人分の食事を作った。俺はいつもうとうとしながら食事ができ上がるとようやくベッドから這い出て一緒に食べた。そのあとも洗濯や掃除、昼食や夜食まで用意して片づけてから夜7時には仕事に出かけた。

 その間、俺はと言えば、寝転がって色がぼけたテレビを観ながらちびりちびり酒を飲み、時々思い立っては競馬の予想と集計で時間をつぶした。そんな俺のだらけた様子を、アリサは何一つ文句も言わずに見守っていた。言葉数はとても少なかった。意外に所帯じみた女であり、ひと月も共に暮らしてみて思うのは、不思議と何十年も連れ添ったかのような安心感だった。かといって、それに甘え切ってひものような生活をいつまでも続けるわけにはいかない。競馬の資金も残りわずかだったし馬券成績も芳しくはなかった。何とかしなければ。強く感じてはいたが、俺のような半端な人間を使ってくれるところはなかなかなかったし、労働意欲が湧かないせいでずるずるとくすぶっていた。

 それがまがりなりにも以前同僚だった陳さんに見込まれて仕事にありつけることとなった。

ただ、十分に怪しい仕事だ。まともな会社勤めとはいえない。アリサに話すと、怪訝そうな顔をするばかりだった。

「危険なことはやめて。いそがなくても、当分はあたしの稼ぎでなんとかなるから」

意外に強い反対を示した。確かに以前経験した探偵業での危険極まりない仕事を知っているのだから、拒絶するのは理解できた。それだけ俺のことを心配してくれているのだ。カオリとも優香とも違うこの女なりの愛情なのだろう。

「申し訳ないけど、いつまでも世話になってばかりじゃ俺自身が腐ってくる。体もなまるばかりだし。仕事っていうのはそもそも危険が伴うものだ。警察や消防はもとよりだし、普通のサラリーマンにしたってストレスやらで神経も体もすり減らして病気になったりする。仕事とは危険と引き換えに金を得る行為なんだよ」

 屁理屈をこねて応酬した。

 アリサは少しだけ元に戻りつつあるややふくよかになった体を俺に寄せてきた。胸にあてた目からは暖かな水が流れ落ちた。

「過去があるから。危険なことは目立つから。だから……」

 何を言わんとしているのかはすぐにわかった。そうだ。俺は殺人者だ。やむにやまれぬ事情があったとか、とどめを刺したのが優香であるとか何を言い訳したところで曲げようがない、この手で人の背中を刺したのだ。逃れようもない罪の意識が俺の脳裏から消えることはなかった。

だからといってアリサの気持を受け止める気にはなれない。むしろ、だからこそ危ない仕事かもしれないが俺は立ち向かわなければならないのだと感じていた。穴倉に潜むような暮らしを続けたところで、いずれその時は来るだろう。だったら俺は、いつでも自由に動ける立場を取りたい。

「今日から山本を監視するんだ。陳さんと交代しながらだけど、夜中も見張っていなければならないと思う。俺のことはさ、なにも考えなくていいから」

アリサは腕を伸ばして俺にしがみついてきた。

「死ぬときは一緒だから……」

「あ……ああ」

 俺はそう答えながら絶対に一緒に死ぬことはできない、この人を巻き添えには出来ないと固く誓った。




   続く


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