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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第10章 果てしない旅路 9

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」

1 眠れない日々



その9



「山本を監視してくれないか?」

 それが陳さんが俺に依頼してきた仕事だ。いや、今となっては堂上清太郎がのりうつった元山本というチンピラを見張れということだ。

堂上清太郎はこの街の有力者だ。金の力にものを言わせて、死期がせまった癌に蝕まれた体を直した者には多額の謝礼を出すという闇のお触れが出たのだという。世界中の最高権威の外科医、薬剤師、祈祷、霊媒師、霊能者、超能力者、呪術師などに依頼書が届けられた。 陳さんの母親にもそれは舞い込んだ。中国ではかなり名の知れた占星術師と知られた存在だったからだ。新たに仕事を始めようと考えていた陳さんは早速名乗りを上げ、今回の奇策を企てたのだ。母親をT市に呼び寄せ、数々の奇跡ともいうべき超能力を堂上の目の前で披露することによって陳さんは堂上に信頼されることとなった。そして魂の入れ替えという禁断の術を施すことに賛同を得たのだという。

山本愁一という男は莫大な借金を背負い、返済が滞り逃げ回っていた。闇金の男たちに命を狙われているところを陳さんが救ったのだ。もう死ぬしかないと覚悟を決めて最後の晩餐を済ませ、ビルから飛び降りる寸前のところを助け出し、踏みとどまらせた上で今回の計画を持ち掛けたのだという。あまりにも現実離れした話に山本は初め相手にしなかったが、札束のレンガを見せつけられると抵抗はすぐに消えた。

「だからってよう、いくら借金を肩代わりしてくれて報酬も弾むとか言われたって、俺が老人と入れ替わってすぐ死ぬってのかよ。さすがにそれは……」

 陳さんは根掘り葉掘り調べ上げていた山本の過去を語りだした。親に捨てられ、学校からはみ出し社会からはみ出し、ゴミか汚物のように生きてきた過去を……

「この先、生きていたって何かいいことがあると思うか。だったら人の役に立って金を得て、短いかもしれないが人生を謳歌した方がよっぽど良くないか?」

山本は泣きながら決意したのだ。

ところが、いざとなれば人は脆いものだ。施術の日までは体に悪影響を及ぼさない程度に遊びまくることを許された山本だったが、決行の三日前に逃げ出した。それが俺と陳さんが再会したあの日だった。

なるほど。あの山本が借金のカタに臓器を取られるのではないかと想像したのはあながち間違いではなかった。陳さんという新たな刺客が闇金の追っ手にとって代わっただけなのかもしれない。本人の了解は得ているという部分が違うけれど。

それにしても……。俺は胸に湧き上がる疑問をぶつけずにはおれなかった。

「その魂を入れ替えるとかっていうの、本気で言ってるのか? いったいどうやってそんなことが出来るっていうんだよ。気は確かなのか」

 俺はぬるくなり始めたジョッキの底にまだ残っている黄金色の液体を一気に飲み干した。イヤな話の後では苦みが濃くなる。

「ははは。まあ、そう思うだろうなあ普通の人はね」

「陳さんは普通じゃないからね」

「いやあ、普通だよ。いたって普通。普通じゃないのはうちの侭侭ママだよ。あのね、キョウさん。世の中にはまだ人類が知らない、物理も次元も時間さえも超えた存在ってのがいくつもあるんだよ。そのいくつかは世界の権力者が握っていたりもするけどね。中国4千年歴史の大河に飲み込まれた秘術は、まだその10分の1、いや100分の1も明らかにはされていないんだよ。例えば2000年前の三国志にだって一人用の自動で動く貨物車が出てくる。どんな仕組みだったのかは明らかにされていない。そんなものは物語の嘘だというかも知れない。だけど、何十万人という兵隊が道なき険しい道を半年以上もかけてあの広大な大陸を横断したんだよ。人力や馬だけで可能だろうか? 食料や武器、防具その他の、ド物資を大量に携行してだよ。どう考えたって無理だろうよ。だからさ、不思議な力ってのはいくらでもあるんだよ」

 陳さんは妙に懐かしさを振り返るような遠い目をして話した。

 陳さんの黄金色の液体はまだ冷えていて、白い泡を発生させながら陳さんの喉の奥に消えた。



   続く


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