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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第10章 果てしない旅路 5

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」

1 眠れない日々


その5


 男の名前は山本愁一といった。中学のころから暴走族の使い走りとなり、悪さを繰り返していたが暴力団に入る度量もなく、定職にもつかずブラブラしていた。夜の仕事を始めてもうまくいかず、女のひもになってこれまで生きてきたという、いい加減極まりない男だ。そんなことを陳さんは俺に説明した。陳さんがなぜT市にいて今何をやっているかについては、いやちょっとあってなと曖昧にはぐらかして答えようとしなかった。

 俺はよほどの事情があると感じてそれ以上は追及しなかった。

 男の容体は一時深刻な状態となったが、命には別条がなかった。陳さんが山本を連れ込んだ病院は、いや、お世辞にも病院などといえるまともな場所ではなかったが、雑居ビルの3階の奥の看板もない怪しげな一室にあった。中にはベッドと古臭そうな医療器具と薬ビンがびっしりと並んだ棚があった。机に座った白衣のしわくちゃ爺さんがここの主らしかった。

「例の薬が効きすぎたようだのう……」爺さんが口を開いた。

「コイツ、いけますかねえ」陳さんは横向きに眠っている山本の顔を覗き込んだ。

「まあ、若いから何とかなるだろ。もっともコイツの肉体年齢は40代後半くらいだが」

「ふん。まあとにかくちゃんと役目を果たしてもらわないとなあ」

「2~3日様子を見てからにした方がよさそうだ」

「じゃあ、逃げないように頼みますよ」

 よく見るとベッドのわきには革のベルトが垂れ下がっていて、縛り付けることが出来るようになっていた。やはり、臓器を摘出するということなのだろうか。ここはそのための地下組織御用達の病院ということなのか……。

「また明日来るよ」

 そういって陳さんは俺を外に出るように促し、なにやら爺さんに耳打ちをしてから少し遅れて出てきた。

「いったいどういうことだよ。何をする気だ。あの男、山本とやらを殺すつもりなのか?」

 俺は我慢ならずに問い質した。

「馬鹿なことを言うな。逆だ。あの男ともう一人の依頼主と両方の命を……あるいは助けるためにやってることだ。もちろん金を儲けるためでもある」

「もうひとりの依頼人? それは何者で何を依頼されたというんだ」

「おっと。部外者にはこれ以上のことは言えない。どうだ。ここにきて何も宛てはないんだろう。

俺といっしょにやらないか。悪いようにはしないよ」

「てことは、岡林探偵社を辞めたのか」

「所長が死んじゃったからね。解散したよ」

「え?」

「岡林さんね。何年か前に悪事を暴いて倒産に追いやったブラック企業があってさ。そこの元経営者に付け狙われてたのね。油断したんだなあ。背中から刺されちゃったよ」

「えー。いつ、いつですか」

「あんたが辞めてすぐだよ。結構気落ちしてたから」

「そ、そんな……」

「あんたのせいじゃないから気にしなさんな。こんなことはあたしたちの仕事につきもんだし。あんなことになるんだったら、冷や飯ホテルにもっと長く世話にでもなってりゃよかったけどね」

「あ…う……」

 言葉に詰まった。そんなことも知らずにいた。俺はただ自分のことばかり考えて……だからと言ってどうすることも出来やしない。涙が流れ落ちた。

 俺と陳さんは酒を酌み交わした。互いに募る思いもあったが言葉は滑らかには出てこなかった。沈黙のまま苦い酒だけを繰り返し喉に流し込んだ。それでも、やがてぽつりぽつりと口を開き始めた。

陳さんは数10年前に初めて日本に降り立ったこの地で再起を図ろうと、独立したのだった。ただし探偵社とは名ばかりで内実は犯罪行為すれすれの何でも屋のようだ。気が向いたら手伝ってくれと誘いをかけてくれた。俺は即答を避けた。いきなりやってきたこの地で、かつての職場の先輩と言っても、あんな修羅場を見せられたあとだ、簡単には決められない。連絡先だけ交換して陳さんとは別れた。

いくら飲んでも酔えなかった。暑い暑い夏の夜だった。

 山本というあの男。あいつのことが気になった。いったい彼にはこれからどういう未来が待つというのだろう。陳さんは彼に何をする気だ。何の関わりもない赤の他人だ。どうなろうと知ったこっちゃない……と言えるほどの冷徹さも持ち合わせてはいなかった。というよりも、怖いもの見たさの興味に心が支配されていた。

 3日後、俺は陳さんの事務所を訪ねた。



続く




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