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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第10章 果てしない旅路 4

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」

1 眠れない日々



その4



肩を叩かれて振り向くと、懐かしい人が立っていた。

去年まで岡林探偵事務所に勤めていたころ、不倫の男女をホテルの隣の部屋から監視した仲のあの人だ。在日中国人の陳 彗明氏。恰幅のよい恵比須顔の中年オヤジだった。見た目は中国人の風情など感じられないし日本語もとても流暢だ。

「何やってんだよこんなとこでさ。遠いとこへ高跳びしたんじゃないの」

「あ、うん。いく宛てない浮浪児みたいなもんさ。いつの間にかこんなとこにたどり着いた。陳さんはまたどうして、ここに」

「バカめ。追われてんだろう。こんなとこにいちゃ、すぐ捕まえてくれってのと同んなじよ」

俺の質問には答えずに陳さんは言った。

「いやそう簡単には捕まらないし。陳さんは?」

「ちょ、待って」

陳さんは手の平を俺の胸の近くに当て、鋭い目は俺の背中の方に向けた。殺気立っていることが瞬間、わかった。

「おい待てッ」叫ぶと同時に陳さんは走り出した。と同時に「あいつを、あの男を追っかけてくれ」と言って俺の方をポンと叩いた。

 陳さんが向かう方向に一目散に走り抜けようとする若い背中が見えた。

薄暗くなり始めた港町T市の繁華街だった。例の感染症のおかげか、人並みはさほどでもないし邪魔だてするような集団のかたまりもない。Tシャツと黒のジーンズの若い背中はすいすいとジグザグを描くようにかなりのスピードで飲み屋街道を駆け抜けていった。

「待て! こらあ」

「ちょ、陳さん」完全にその逃走劇にはまってしまった俺は、陳さんの後を追って走り出してしまっていた。

 なぜだろう。なんで俺はこんなことをしなくちゃならないのだろう?

息を枯らし、ぜいぜいと喉を鳴らしながら俺は陳さんとともに若い男を追いかけた。いつからか二手に分かれて挟み込むような戦略を試みた。するとさすがに二人に追われるストレスに見舞われた彼は、おそらく実力以上に恐怖にかられたのだろう、挟み込まれてからは素直に観念したのだった。すでに繁華街からは数百メートル離れた住宅地に入り込んでいた。

 住宅街の小さな三角公園の芝生の上で男は倒れ込み、両手を芝生について肩を支えながらはあはあと息をしていた。

「おい、なぜ逃げたんだ」陳さんはそう言った。

「そっちこそ、なんで追ってくるんだよ」荒い息を吐きながら男は言った。「助手まで使って挟み込むとはひどい」

「ああ、こいつな。狂死郎だ。、前の会社でつるんでた仲だけど。たまたま偶然に合ってな」

「そんな都合のいいことを……で、どうするつもりなんだよ。この俺を」

「もう一方の依頼主がいる。しってるだろ。悪いことは言わん。あんたのためでもあるんだ。さ、一緒に来てもらおう」

「悪い悪い。すまん。あの金は使っちまったんだ。ほら、絶対来るはずのアノ馬が八百長で来なくってさあ。絶対に返す、返すから」

若い男はおびえ切っていた。ようするに陳さんは、借金をかたにこの男を追い込んでいたということのようだ。

「だからさあ、助けてぇ~」

男は両目から口元から、だらだらと汗なのかヨダレなのか涙なのかわからない液体を流しながら助けを求めた。

その時はたぶん、この男は借金のカタに内蔵でも取られるのだろうと思った。裏社会にはよくあるブラックマーケットだ。未だによくあるアレだと思えた。それにしてもいまさらそんな怪しい世界には染まりたくなかった。

仕方ないさ。借金を踏み倒せばそんなことになるさ。それを承知で借りて返さない方がまず悪い。だけど俺には関係ないことだ。そう思った。

いずれにしても初めて降り立った見知らぬ逃亡先で、こんな闇の現実に直面したくはなかったし、それが前の職場の頼れる先輩の手による修羅場だとしても関わりたくはなかった。たまたま追い詰める手助けはした。だが、あとは君らが好きにやってくれ。

そんな気持で俺はこの場を離れようと考えていた。

「やばい、コイツもたねえぞ、ちょっと悪い。そっちを持ってくれ」

陳さんが慌て始めた。若い男の様子がおかしかった。小刻みに震え、舌を出して泡を吹きだした。

「おい、大丈夫か。よし、このまま運ぶぞ。手伝え」

陳さんが取り組んでいたこの事案は、単純な借金取りの生易しいものではないということを、あとから思い知った。

俺たちは死にかけた感じの男を、近くの駐車場に停めていたバンに乗せた。好奇心で見守る野次馬を尻目に車を発進させた。

「まあ付き合えや。悪いようにはしないあるよ」

 少しだけ中国人の地が出た感じの陳さんの声には、焦りと苛立ちが感じ取れた。



 続く




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