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逃亡馬券生活   作者: 狂死狼
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第9章  転がる石のように 19

「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」

2  逃亡の果てに 


 その6


 野村は切実に思っていた。

 競馬で生計を立てたい。競馬の予想・研究だけで生きていけたらどんなに幸せだろう。

 そんな馬鹿げたことを強く願っていた。

 彼は学生のころから競馬にのめりこんでしまったがためにこれまで、しくじりとしか言いようのない人生を歩んでいた。はじめはそこそこ勝つことも多く、パチンコや麻雀なんかよりも損することはなかった。それが逆に良くなかったのかもしれない。次第に賭ける金額がどんどんと膨らんでゆき限界まで借金を繰り返し、挙句の果てに勤めていた会社の金を使い込んでしまい警察の厄介にもなった。

かろうじて結婚もできていたのだが、その頃には嫁さんと幼い子供にも逃げられ、職場も解雇されるという憂き目にあっていた。絵に描いたような典型的な駄目人間だった。それでも、そこまで自分を追い込んだ競馬を憎むでもなくやめるでもなく、むしろ心から愛していた。あのサラブレッドが華麗に走る姿、歓声、どよめき、当たった時の麻薬のような快感。やめることなんかできやしなかった。だからこそ、これまでの失敗を生かしなんとしても競馬で成功したいと願う気持ちは、日に日に強くなるばかりなのだった。

そんな落ち目の人間が陥いる定番、禁断の商売有料予想家を始めてみた。ところが買うほうだって馬鹿じゃない。トータルで儲からないものに金を払うやつがそうそういる訳がない。

 儲からないまでも、時々すごい大穴を当てるとか人気ユーチューバーだとか、名前が売れればそれでも商売として成り立つのだろうが、名も無き回収率平均以下の予想家など見向きもされまい。それが今回の詐欺まがいの犯行に至った理由だった。

「無理だって。諦めて真面目に生きることを考えてみたら。今からでも遅くはないから」

 俺は言った。どの口が言うのだろうかとも思ったが 

 競馬で勝つことは難しい。とてつもなく大きな壁が立ちふさがっている。それは言わずもがな主催者側が取るいわるるテラ銭、控除率がとてつもなく高いという点だ。

 テラ銭とはその昔、お寺の境内で賭場が開かれ、場所代としてお寺に手数料を払ったことから言われる言葉だ。

 中央競馬におけるその率は単勝複勝で約20%、馬連3連複ワイドでは25%、3連単は27.5%、WIN5にいたっては30%がJRAに搾取されている。これは実は他のどんな賭け事においても(宝くじ≒55%を除いて)法外に高いといえる。江戸時代の昔から賭場主が取るテラ銭は、1割というのが普通だった。パチンコも10%程度だしラスベガスのカジノは約5%と言われている。

 競馬で年間プラスの回収率を数百から数千のレースを買いながら計上し続けるということは、とてつもない偉業に違いないのだ。

 それが成し遂げられたなら、きっと誰も有料予想家にはならないだろう。いくらでも馬券で儲けられるのにそれを売ってなにがしかの金を得てオッズを下げてしまうなど愚の骨頂だからだ。

 しかし、そんな神業をいともたやすく成し遂げる者が少なからず確かに存在する。そこを目指したいのは誰しも同じだ。

「そうは言うけどさ。狂さん、あんただって言ってたじゃないか。できれば競馬で食っていきたい。そのための研究や集計を長年続けてるって。そこは俺と同じ野望なんだろう?」

「う……まあそうだけど。ただ、未だ夢の途中に過ぎないし。まだまだ実現は難しいし」

「だったら協力しようじゃないか。今回捕まった返金確約で予想を売るなんてインチキはもう辞めるよ。まっとうに純粋に、馬券で充分な収入を得る方法を俺たち二人で突き詰めてみないか。いっしょに組んでみないか」

「断るよ。俺にはそんな器量はないから。他人を巻き込んでまでやるつもりもないし」

「そんなこと言わないで。なあ頼むよ。俺、最初に会った時からさ、あんたを他人とは思えないんだ。なんだか同じ匂いがするって感じてたんだ。きっとうまくいくよ。なあ頼む」

「いや……やめてくれ。すまないけど断わる」

 俺はかたくなに拒否した。

「だったらいいさ。そのかわり……妹を弄んだことをどう責任取るんだ。沙也加には3年同棲中の彼氏がいるんだが。そいつ、H市でも名前を売ってる極道の若頭らしいぜ」

「え?」

 なぜそのことを……

 俺はやくざの彼氏よりも、そのことを知っている兄の野村の方に恐怖を覚えた。


 それから俺は、野村と競馬で食ってゆく共通の目標に向かって協力し合うことを約束した。



   続く


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