第9章 転がる石のように 18
「俺は殺人者だ。行方をくらませ裏街道を歩き、人目を避けて生きるしかない。本格的な投資馬券と命を食いつなぐサバイバルの日々を綴ってゆく」
2 逃亡の果てに
その5
神妙な顔を見せて野村は黙って俺の後をついてきた。
逮捕されてからはちょうど2週間が過ぎていた。結局被害金額を沙也加が用意して被害者に支払われたことで訴えは取り下げとなり、不起訴になったという結末だった。
沙也加との連絡は、野村の身柄引き受けというとんでもない大役を引き受けた関係で、ほとんどラインでのやり取りだったが緊密にとっていた。だけど、どこかよそよそしい感じがそこかしこに感じられて、感謝の気持ちと男女の関係は別よといった雰囲気がどことなく感じられた。それはきっと、彼女には地元に特定の相手がいるということだろう。俺はそこに触れないように半分事務的な返信に徹していた。
一度だけとはいえ、体を重ね合わせた男と女にしては、どこまでもよそよそしい感じになるのは致し方のないことであり、それ以上を求めようという気持ちもなかった。
警察署を出てからも特段話すこともなく俺たちは下を向いて、ようやく春の兆しが見え隠れし始めた街の景色さえ何も目に留めずにただ歩いた。自然と平成ホテルの方向へと足が向いていた。
「今回は失敗してさ……迷惑をかけてしまった。本当にごめん、そして、すみませんでした。いろいろとありがとうございました」
途中で見つけて飛び込んだ、時代がかった昭和の遺跡のような古い喫茶店の中で野村はようやく生き返ったかのような生気を見せた。
「けどさ……これで終わる気はないんだ。勝算はあるんだ。絶対に儲かるシステムなんだ。次こそは……絶対。なあ、狂さん。いっしょに俺と組まないか?」
それでも無精ひげとやつれて頬がこけた陰気な顔を隠しもせず、不味そうな大盛りパスタを頬ばりながら野村は言った。
「どういうシステムなの?」
しょうもないシステムであることはわかりきっていたが、興味津々のフリをして訊いてみた。この期に及んで馬鹿なことを言う浅はかさに釘を刺すためだ。
「当たらなかったら返金という部分を実践強化するんだ。そこで信用をつけるんだ。その点は一人じゃなかなか難しい。資金もh潤沢でなくちゃならない。とにかく予想を広範囲に広げて売ることさ。外れた予想に対しては返金でいいんだよ。ゼロになるだけだから。でも、数ある予想の中で当たる予想も必ず出てくる。そこはなるべく的中率と回収率を上げていこうと思う。でもさ、べつに100%超えなくたって全然いいんだよ。その時その時で的中を大々的に見せつけてさえいればいいんだ。外れた会員だって返金されるんなら文句は出ないだろ」
頬張ったパスタを吹き出しそうな勢いで野村は続けた。しかし、結局はインチキだった。ようするに、予想販売のチャンネルを10チャンネルほどに増やし、10通りの予想のうち一つでも的中があればOK。的中のチャンネル客からはしっかり金をとり、不的中チャンネル客には返金すればいい。ただその繰り返しだから損しようがないのだと。
「な、失敗のしようがないだろう。なあ、だから一緒に……」
「あのね。返金をうたって予想を売るというのはそれだけで違法行為なんだって。そんな詐欺の片棒をだれが担ぐかよ」
厳しく言い放った。
一瞬野村は目をかっと見開いて俺を見た。
「そ、それは……分かっちゃいるけど…」
「そんなことよりも一度田舎に帰って母親の様子を見てきたらどうなんだい。詐欺まがいのことはいつでもできるけど生んでくれたおふくろさんは一人きりだし、いつまでも待ってちゃくれない」
「ぐ。くうう。だからこそ、これまでちっとも親孝行できず、死期を早めたのもきっと、俺の……。少しまとまった金でもなけりゃ合わす顔がないんだ」
俺は思わずテーブルの上の半分水が入ったコップをつかみ、パスタを食い終えた野村の顔に
水を振りかけた。
「な、なにをする!」
「ああ悪い。寝言を言ってるのかと思ったよ。目が覚めたか」
「う、うるせえ。寝ぼけてなんか」
「だったらそんば詐欺で稼い金がさ、おふくろさんが喜ぶのかどうか、わかるだろうう」
「う、うるせえ。うるせえよ……」
「まじめに働いた金で、いや、まっとうな人間だったら金なんか包まなくとも、顔を見せてやるだけでいい。すぐに飛んで行ってやれよ」
野村は泣きくずれた。
俺は店内のすみこっこのほうに陣取る2、3組の客にできるだけ気づかれないように、
野村の前にハンカチを差し出した。
続く




