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私立人道学園  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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遭難

 天城は、目を開けた。

 なぜか、頭がぼんやりとしている。視界にも、霧がかかっているような状態だ。今まで、眠っていたのだろうか。

 困惑しつつも、上体を起こす。そこで強い違和感を覚え、周囲を見回してみる。

 ここは屋内ではない。どこかの森の中だ……と思った瞬間、記憶が蘇った。


 僕は、工具係になったんだ。

 そして、橋本先生と歩いていた。


 そう、橋本と共に工具をしまっている小屋に行く途中だった。

 ところが、誰かに背中を押され、高いところから落ちていった。


 天城は、慌てて立ち上がった。周りを見回してみたが、見えるものは木と草と土だけだ。人の気配はない。

 そして目の前には、切り立った斜面がある。では、ここを登れば学園に戻れるのだろうか。

 天城は、そっと手を伸ばした。なんとかよじ登ろうと試みる。が、全く進まなかった。いくらも登らないうちに、ずるずると滑り落ちてしまうのだ。まるでアリジゴクの巣に落ちたアリのようである。

 登るのは無理だ……天城は、助けを呼ぶことにした。


「誰かー!」


 叫んでみた。だが、返事はない。聞こえるものといえば、風と鳥の声くらいのものである。 

 天城は、恐怖を感じた。ここには、他に誰もいない。また、自分がここにいることを知っている者もいないのだ。

 自分は、山で遭難してしまった……。


「おーい! 誰かいませんか!」


 もう一度、叫んでみた。しかし、反応はない。誰にも聞こえていないのだろうか。 

 こうなれば、自力で登るしかない。天城は、再び斜面を登ろうとした。だが、再びずるずると滑り落ちてしまう。


 こんなもの、どうやって登ればいいんだ?


 天城は、絶望のあまり崩れ落ちる。その時、どこからか声がした──


「天城さん、大丈夫ですか?」


 その声に、天城は慌てて顔を上げる。

 目の前に立っていたのは、灰谷誠司だった。 


「えっ……き、君は?」


「助けに来ました。さあ、帰りましょう」


 言ったかと思うと、灰谷は動いた。まず、ロープを天城の腰に巻きつける。

 次いで、スパイダーマンのように両手両足を使い斜面をするすると登っていく。

 上に到着すると、ロープを木の幹に結びつける。そして、天城の方を向き叫んだ。


「いきますよ」


 言った直後、信じられないことが起きた。灰谷は、凄まじい腕力でロープを引き始めたのだ。

 何が起きているのかすらわからぬうちに、天城の体はグイグイ引き上げられていく。背が低く痩せているとはいえ、天城の体重は五十キロはある。その体を、たったひとりで引き上げてしまったのだ。


「あ、ありがとう。凄い力だね」


「礼はいいです。それより、ひとつ言っておくことがあります。まず、ここで何があったかですが──」


 途端に、天城は喋り出した。話さずにはいられなかったのだ。


「僕は、誰かに押されたんだよ。なんか、変な声が聞こえてきて……」


 その瞬間、灰谷の手が伸び天城の口を塞いだ。次いで、耳元で囁く。


「それは黙っていてください。教師たちに聞かれたら、足を滑らせて落ちた……そう言い張るんです。わかりましたね?」


 有無を言わさぬ迫力だ。天城は、頷くことしかできなかった。

 その様子を見て、灰谷はニヤリと笑う。


「それでいいんです。では、そこの道を真っ直ぐ進めば学園に戻れます。僕は野暮用がありますので、あなたはひとりで帰ってください」


 そう言うと、灰谷は森の中に消えていく。

 天城は、灰谷に指示された通り学園への道を進んでいった。



 やがて、学園を囲む塀が見えてきた。しかし、塀の前には大勢の人間が立っている。老若男女、様々な人種がいる。しかも、外国人まで混じっていた。皆が円になり、何やら話し合っている。

 何の騒ぎだろう……と思いつつ、天城は集団をすり抜け学園へと入っていこうとした。

 その途端、皆がこちらを向く。次いで、声がした。


「天城ぃ! 大丈夫だったか!?」


 草をかき分けて現れたのは橋本であった。泣きじゃくりながら、転がるように天城へ駆け寄ってきたのだ。


「よ、よかった……生きてた……生きてたんだなああああ!」


 大げさなまでに肩を揺すり、天城へと飛びかかってくる。さすがの天城も、反射的に顔を逸らした。真正面から受け止めたら、涙と鼻水が顔に付きそうだ。


「せ、先生……心配かけてすみません」


 一応は、そう言った。が、本音を言うと対応に困っていた。この橋本、あまりにも感情の振れ幅が激しすぎる。とはいえ、本気で心配してくれていたのは確かなようだ。


 その後ろから、もうひとりの教師・山下が現れた。

 山下は何も言わず、じっと天城を見つめていた。腕を組み、口元を固く閉じたままだ。何か言いたげで、視線は鋭い。

 その鋭さに、天城は寒気を覚えた。山下の表情には、喜びも安堵も感じられない。むしろ「なぜ生きている?」と言っているように思えた。


 なんだ?

 この人、なんでそんな顔で僕を見てる?


 息が詰まりそうになり、天城はわずかに視線を逸らす。

 そこで頭に浮かんだのは、ある疑念だった。斜面の上で背中を押された瞬間、振り返る暇もなく落ちていった。

 だが、その前に聞いた声があった。こっちに来い、などと言っていたのだ。もしかしたら、山下の声だったのかもしれない。

 では、押したのも山下?


 いや、まさか……。

 でも、確かに声が聞こえた。

 そして、誰かに押されたんだ。


 疑念が、頭の中で渦巻いていた。その時、山下が口を開く。


「よく助かったね。君は、運が良かったんだな」


 その一言が、妙に引っかかった。まるで「死ぬはずだったのに」とでも言っているように思えたのだ。



 その後、食堂で夕食を食べる。橋本と山下も一緒であった。

 橋本は相変わらずのハイテンションで、くだらないことをベラベラ言っては、山下に突っ込まれていた。

 生徒たちの方は、冷めた表情で食べている。村上が「いまいちな味だな」と言った以外、誰も喋らなかった。

 天城は、時おり灰谷のことをちらりと見る。だが、灰谷はすました表情ですぐに食べ終えた。先ほどの救助のことなど、忘れてしまったかのようである。

 同時に、山下のことも見てみた。だが、彼もまた特におかしな点はない。

 

 やがて全員が食べ終えると、天城らは個室へと連れて行かれた。中村のみ違う場所に行き、天城と灰谷と村上は同じブロックへと行く。男女で分けているのだろう。

 全員を個室の前に立たせ、山下が口を開く。


「いいですか、消灯時間は午後九時だよ。九時になったら、自動的に電源は切れるからね。じゃあ、また明日」


「おいおい、本当かよ……」


 村上がぼやいたが、山下は答えずに立ち去っていった。

 と同時に、灰谷が動く。無言のまま、己の部屋へと入っていった。そうなると、残るは天城と村上のふたりだけである。この状況はさすがにキツいので、天城もすぐさま個室に入っていった。


 室内は、殺風景なものだった。机と椅子、それにテレビがある。ベッドの上には、天城の持ってきたリュックが置かれていた。

 することもないので、天城はテレビのスイッチを入れる。

 わけのわからない番組が放送されていた。天城の目は、テレビの画面を観ている。しかし、頭は別のことを考えていた。




 そして夜になったが、天城はなかなか寝つけなかった。

 あまりにも、いろんなことがありすぎた。長い電車旅に始まり、学園での自己紹介。さらに、山で遭難しかかった。

 確かに、何者かに押された。あの手の感覚は、今もはっきり覚えている。

 それが、山下だったとしたら……。


 いや、待てよ。

 なぜ、僕なんかを殺す?


 そうだ……考えすぎだ。山下が、自分を殺そうとするはずがない。天城は、そう考え己を納得させることにした。

 しかし、簡単にはいかなかった。頭の中で、様々な考えがグルグル回っていた。にもかかわらず、天城の意識は闇に沈んでいく。疲れていたのだろう、泥のように眠った。


 この時の天城は、己の遭難の危機ばかりに気を取られていた。遭遇したもうひとつの異常事態のことを、すっかり忘れていたのだ。


 灰谷誠司は、どうやって天城の落ちた位置を知ったのだろうか?

 あの異常な身体能力は何なのだろう?

 それ以前に……灰谷の目は、何もかも見透かしていたかのようだった。


 

 

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