自己紹介
車窓から見えるのは、一昔前の映画でしか見たことのない風景であった。
剥き出しの土と雑草で構成された田舎道が、塀の中へと通じていた。まるで時代劇のセットのようだ。もっとも、周囲には電柱が建っており電線も張られている。一応、電気は通っているらしい。
建物の周りは塀に囲まれており、さらに大木が並んで生えていた。外敵の襲撃を想定しているかのようだ。
塀の内側には、古い木造の巨大な建物があり、その周囲には粗末な造りの小屋が十軒以上あった。
そのうちの幾つかには、煙突も付いており煙が出ている。敷地内には、小さな田畑らしきものもある。しかし、肝心の人の姿が見えない。
そんな中を、山下はすたすた歩いていく。リラックスした表情で、この異様な敷地内を進んでいった。天城は、慌てて後を追う。
一方、灰谷はふたりより遅れて歩いている。何をしているのだろうかと振り返ると、彼はあちこちに視線を巡らせながら歩いている。
その顔には、異様な表情が浮かんでいた──
な、なんだあれ?
天城は、思わず立ち止まった。あの顔、どこかで見たような……。
その時、頭に閃いた。夜中に放送されていた、テレビのドキュメント番組。それは、恐ろしい殺人鬼の特集であった。
中でも、一番恐ろしかったのが……アメリカのベン・ルーニーという男だ。大学を卒業し就職した後の三年間に、約二十人を殺している。
しかし何を思ったのか、自ら警察に自首した。自身の犯した二十の殺人事件を細部に至るまで完璧に記憶しており、取り調べた刑事からの質問には全て即答したという。しかも、その供述に嘘はひとつもなかったという。
何よりも怖いのは、自首した理由が「飽きたから」だという事実だ。殺人には飽きた、だから逮捕され死刑になるため自首した……などと、取り調べで語っていたというのだ。
番組内では、ベンの写真も紹介されていた。凶悪な雰囲気は感じられず、むしろ温厚そうに見えた。ただし、どこか人間離れした印象を与える目をしていたことを覚えている。
今の灰谷は、そのベンと驚くほど似通って見えた。顔そのものはまるで違うのに、同じ何かを宿している……そんな感じがした。
その時、山下の声が聞こえてきた。
「ふたりとも、ここが寮だよ」
三人は、大きな建物の前で立ち止まる。木造の平屋だが、かなり広い。敷地内の施設でも、二番目か三番目くらいに大きな施設かと思われる。外から見た感じでは、小学校の体育館ほどはありそうだ。緑色に塗られた外壁は、地味ではあるが落ち着いた印象を与える。
「では、入ろうか。俺についてきて」
そう言うと、山下は扉を開け中に入っていく。ふたりも、後に続いた。
ふたりは、食堂のような部屋に案内される。長机が三組と、パイプ椅子がそれぞれ八脚ずつセットされている場所だ。壁には、様々な写真や絵画が飾られていた。また、部屋の隅には花の入った花瓶が置かれている。
椅子には、既にふたりが座っていた。どちらも、天城とさほど変わらない年齢だろう。
片方は男だった。椅子を後ろに引いて、足を投げ出して座っている。座っていても、身長の高さが窺えた。がっしりとした筋肉質の体にTシャツを着ており、下はカーゴパンツだ。
金髪に染めた髪は無造作に立てられ、耳には銀色のフープピアスをつけていた。目つきは鋭く、底の見えない凶暴さを感じさせる。拳は大きく、タコがあった。空手の経験者か、あるいは喧嘩で作ったものか。
その全身からは、「触れるな」「逆らうな」とでも言いたげな空気を纏っていた。
天城は、すぐに目を逸らした。この手の人間とは、関わり合わない……それが、これまで生きてきて身につけた生きるための知恵である。
もうひとりはどうだろう? と、そちらに視線を送る。
こちらは女の子であった。テーブルの端で、ひときわ小さく縮こまっている。
顔の造り自体は決して悪くない。鼻筋は通っており、頬のラインも滑らかだ。睫毛は繊細に長い。だが、その整った輪郭の上には、常に影のような翳りがある。
何かに怯えるように目を伏せ、誰とも視線を合わせようとしない。肩は常にすぼめられ、指先は自分の袖口を握りしめている。
気のせいか、微かに震えているように見えた。もうすぐ七月に入ろうというのに、長袖のジャージを着ている。さらに手首には、リストバンドを付けていた。
髪は長く、顔を半分隠すように垂れている。そのせいで表情の半分はつねに曇り、何を考えているのか読み取れない。
静かに息をひそめるように存在するその姿は、幽霊を連想させた。
「ええと、天城くんと灰谷くんも、このテーブルの席について」
山下に言われ、天城も座った。とりあえずは、あの怖そうな少年からは一番遠い席だ。必然的に、陰気そうな女の子と向き合う形となった。
灰谷はというと、何を思ったか天城の隣に座ったのだ。おいおい……と思っていると、山下が語りだす。
「はい、皆さん注目。これで、新入生が揃いました。今日から、君らは人道学園の一号生だ」
一号生? なんだそりゃ? と天城は思ったが、山下は説明をしてくれなかった。すぐに次の話へと移る。
「では新入生同士、自己紹介といこうか。まずは村上くんから……中村さん、天城くん、そして灰谷くんの順番で行こう」
言った後、山下はヤンキー風の男を見つめる。と、ヤンキーは面倒くさそうに立ち上がった。
「あー、どうも。凶悪で凶暴で凶器大好きと、三拍子そろった地元じゃ有名な村上孝蔵です。ちょっとヤンチャが過ぎて捕まっちゃいました。ここには年少行きを避けるためだけに来ただけです。みんな超ダサそうなんで、俺には話しかけないでください」
ネンショウ? ヤンチャ? そもそも、こいつは何を言っている? と頭の中がクエッションマークだらけになった天城だったが、村上はしてやったりという表情で椅子に座る。
続いて、女の子が立ち上がった。おどおどした態度で口を開く。
「あ、あの……どうも、中村佐和子です」
それきり言葉に詰まり、下を向いて口を閉じてしまった。と、村上が声を発する。
「えっ、サダコ? 君、サダコって言うの?」
「ち、違う!」
下を向いたまま、中村は否定した。だが、村上は止まらない。ニヤニヤしながら言い続ける。
「でもさ、なんかサダコって感じするよね。ホラー映画に出てきそうだもん」
その時、村上の後ろから声をかけた者がいる。
「村上、お前の喋る番は終わったんだよ。それとも、自分の番が終わったこともわからんバカなのか?」
山下の声ではなかった。だが、村上は相手が誰だろうと関係ないらしい。勢いよく立ち上がった。
「はあ!? てめえ誰に……」
そこで、村上は止まってしまった。強気な表情は、みるみるうちに変わっていく。
彼の後ろにいたのは、小山のような体格の男である。身長は村上よりも僅かに高い程度だが、体重は二回りも違うだろう。
首は太く、そこから連なる僧帽筋は岩のように盛り上がっていた。二の腕は太く、天城の足より太いであろう。胸板も分厚く、着ている白のポロシャツがはちきれそうだ。五分刈りの四角い顔は、己に対する自信に満ちていた。
いつの間に、こんな巨漢が入って来たのだろう……。
村上は圧倒され、何も言えなくなっていた。と、そこで山下が割って入った。
「こちらは、上山先生です。元力士だから、とんでもなく強いよ。まあ、気は優しくて力持ち……って感じだからね。では、自己紹介を続けようか」
間延びした声が、その場の緊張感を打ち消す。天城はホッとして、隣にいる灰谷を見た。と、こちらは冷めきった目で外の風景を見ている。今のやり取りには、なんの興味もなかったらしい。
この男は、本当にわけわからん……などと思っていると、山下の声が聞こえてきた。
「おーい、次は天城くんだよ」
その声に、天城は我に返った。立ち上がり、ペコリと頭を下げる。
「あの、天城光一です。ええと、あのう……と、とにかく、よろしくお願いします!」
それだけ言うのがやっとで、あとはもう座るしかなかった。
と、音もなく立ち上がったのは灰谷だ。
「灰谷誠司です。趣味は、ルール無しの対戦型ゲームです。そんなわけで、よろしくお願いします」




