【番外編】独占欲と首筋の痕 【ルディウス視点】
それから僕たちは、晴れて正式に恋人同士となった。
前世のすれ違いや悲劇を乗り越え、ついに手に入れた甘い日々――のはずだったのだが、ここで一つ、予想だにしなかった深刻な問題が発生した。
なんと、これまで悲壮感を漂わせ、誰をも寄せ付けない氷のような雰囲気を纏っていたエミルが、今や毒気が抜けて天使のように柔らかく微笑むようになったのだ。
その結果、どうなったか。
寮内や学園中で、男女問わず無数の生徒たちがエミルに群がり、日常的に話しかけたり、果ては愛の告白まで届くようになってしまったのだ!
(あぁ……僕だけのエミルだったのに! エミルは元から顔も立ち振る舞いも極上だってこと、僕自身が一番よく知っていたはずじゃないか。くそっ! 群がる群衆ども、全員散れ! エミルは僕の恋人だぞ!)
内心、穏やかではいられなかった。メラメラと燃え上がる激しい嫉妬心で、胸が焼け焦げそうだ。
当のエミルはといえば、生来の真面目さと誠実さが裏目に出て、わざわざ放課後に呼び出されては一人一人丁寧に断りの返事を返している。だが、その愚直なまでの誠実さが「やっぱり素敵な人!」と相手をさらに惚れ直させ、諦めない不届き者を増やす悪循環に陥っていた。
そんな僕の鬱屈とした表情を見て、メリーナはおかしそうにクスクスと笑いながら言ってきた。
「あらあら、男前な恋人がモテすぎて大変ね、ルディウス。でも心配いらないんじゃない? エミルはあんた一筋なんだから」
「わかってるさ! エミルが僕だけを見てくれてることくらい!……だけど、僕の恋人だってことを学園中の奴らに分からせてやりたくて仕方ないんだよ」
悔しさに眉をひそめて憤る僕の元へ、ちょうど食堂で自分の分のトレーを持ったエミルが戻ってきた。
「待たせたな、ルディウス。今日のスープ、美味そうだぞ」
何の毒気もなく無防備に微笑むエミルの顔を見て、僕の胸の中の黒い欲求がむくむくと首をもたげた。
僕は上目遣いでエミルの袖口をキュッと引っ張り、甘えた声を出す。
「ねぇ……エミル。今日の放課後、また君の部屋に行ってもいいかい?」
エミルは一瞬ぽかんとした後、僕の言葉の意味を理解したのか、耳の先端まで一気に真っ赤にした。
「こ、こんな公衆の面前で何を言い出すんだお前は……! 先週、俺の部屋でしたばかりだろう……っ」
「それだけじゃ、全然足りないんだ」
僕はニヤリと悪魔のような笑みを浮かべると、エミルの身体を引き寄せて、その熱い耳元に唇を寄せた。
「もっと、君が欲しい。骨の髄まで、僕のものだって刻みつけたいんだ……」
「っ……!?」
バッと跳ね起きるように耳を両手で抑え、顔を爆発しそうなほど真っ赤にするエミル。周囲の視線を気にしてオロオロと視線を泳がせながらも、最後には小さく、観念したように頷いてくれた。
そんな僕たちのやり取りを目の前で見せつけられたメリーナは、盛大なため息をついた。
「ハイハイ、バカップルのイチャイチャは他所でやってちょうだい。胃がもたれるわ」
◇
その夜。約束通りエミルの部屋のドアを叩くと、そこには案の定、緊張で肩をガチガチに硬くしたエミルが待っていた。部屋の明かりは少し落とされ、どこか甘い空気が漂っている。
「……いったい何なんだ、急に。昼間あんな言い方をするから、心臓が持たないかと思ったぞ」
照れ隠しに小さく呟くエミルのすぐ隣へと滑り込み、僕はその細い腰に腕を回した。
「だって……最近のエミル、みんなにモテすぎなんだよ。嫉妬で狂いそうだったんだ。エミルは僕の恋人なのに、みんな君の魅力に気づいて擦り寄ってくる……」
僕が子供のように頬を膨らませて身を寄せると、エミルは呆れたように眉を下げ、フッと柔らかく笑った。
「バカだな、お前は……。俺が、お前以外の奴を好きになるわけないだろ」
そのあまりにも愛おしい言葉と微笑みに、僕の理性の糸がプツリと切れた。
「――っ!」
「うわっ!?」
ガバリと力任せに抱きつくと、体勢を崩したエミルはそのままベッドの上へと押し倒された。シーツの上に散らばるエミルの綺麗な髪と、上目遣いに僕を見上げる潤んだ瞳。
見つめ合い、お互いの息が荒くなるのを感じながら、僕は慈しむように深く、逃げ場を奪うような激しいキスを落とした。
「……んっ、ふぁ……っ、ちょっ、ルディウス! 早すぎる、少し落ち着け……っ!」
「ごめんね、エミル。でもダメだ……もう我慢なんてできないよ」
僕の熱い体温と指先が衣服を滑り落ちていくと、エミルは顔を真っ赤に染め上げ、拒む言葉を飲み込んで、そっと僕の背中に腕を回してくれたのだった。
◇
翌朝。爽やかな朝日が部屋に差し込む中、僕たちのベッドには幸福な静寂が包んでいた。
「……やりすぎだ、バカ者……っ」
腰をさすりながら、力なく僕の頭をぽかぽかと叩いてくるエミル。その首筋や鎖骨には、僕が昨夜刻みつけた鮮やかな赤い痕が、いくつも花開くように残っていた。特に制服の襟からはみ出るギリギリの場所には、一番濃い痕をつけておいたのだ。
「あはは、ごめんね。でもこれで、学園の誰もが『エミルには決まった人がいる』って気づくよ」
「お前……っ! わざとこんな目立つところに……!?」
真っ赤になって怒るエミルが愛おしくて、僕はその頬に再びそっとキスを重ねた。
前世の孤独も、あの冷たかった唇の記憶も、今のこの温もりで全て塗り替えられていく。
「愛してるよ、エミル」
「……俺もだ、ルディウス」
呆れたように笑いながらも、エミルは僕の首に手を回し、自分から優しく唇を重ねてくれたのだった。




