⑥ 男の子との再開
かくれんぼから数日後、好奇心旺盛なリズは今日も元気に王城内を散歩していた。
小さな足音を響かせながら進むうちに、気が付けば普段人の立ち入ることのない奥庭の方へ足を踏み入れてしまっていた。
「うわぁー、お花がいっぱい。おかーしゃまにあげようかしら?」
見たことない景色に目を輝かせ、お母様を思い出していた。その時、どこからかしくしく泣き声が聞こえてきた。
「⋯⋯? だれか泣いてる?」
不思議に思ったリズは、泣き声のする方へ歩いていくと、大きな木の根元で、1人の男の子が丸くなって泣いていた。
よく見ると男の子の膝から赤い血が滲んでいた。どうやら転んで擦りむいてしまったようだ。
「⋯⋯だいじょうぶ?」
「うわっ⋯⋯!」
男の子は突然声をかけられたことに驚いて目を見開いてリズを見上げた。
リズは男の子の前にしゃがみこむと、そっと傷口にそっと手をかざす。
(⋯⋯おかーしゃまの言った通りやさしく、イメージするの)
モコちゃんを治して貰った時に教わった、優しく、ゆっくりを思い出す。
リズは心の中で、温かいイメージを膨らませると、小さな手からキラキラした光が溢れ出す。
光が男の子の傷口を優しく包み込むと、嘘のように赤く滲んでいた血も傷口も塞がり消え去っていく。
「あ⋯⋯いたくない⋯⋯」
ポカンとする男の子を見つめていたリズは、ハッと気がついた。この前のお茶会の時にいた男の子だ。
「あなたは、たしか⋯⋯テオドールだっけ?」
「あ⋯⋯はい。アリザ王女殿下。ありがとうございます」
男の子――テオドールは涙をふいて、少し緊張した様子で頭を下げた。
かしこまった彼に、万遍の笑みで手を差し出した。
「リズでいいよ! テオ! ⋯⋯リズがみんなのところ連れて行ってあげる」
「⋯⋯え? テオ?」
「うん、あれダメだった? 」
首を傾げて、のぞきこんでくるリズに、テオは慌てて首を振る。
「あ、いや、ダメじゃない、です。リズ、さま、ありがとうございます」
「うん! 良かった。⋯⋯それでテオはどうしてこんなところにいたの?」
手を繋ぎ歩き出しながらリズが尋ねると、テオは気まずそうに視線を落としながら言った。
「お父様とお母様が王城で大事な話し合いがあると言うので連れてきてもらったんです。でも、子どもは入れないから外でまってるように言われたんだけど、ただまってるのつまらなくて。僕、剣術が好きだから、ほんとうは騎士団の訓練場に行きたかったんだ。でも王城が広くて迷ってしまって、オマケに転んで⋯⋯」
「ケンジュツ⋯⋯テオは剣が好きなんだね! リズが訓練場に連れて行ってあげる!」
「え? 訓練場に?!」
リズにとっては騎士団の訓練場は大好きな遊び場だ。ノアが魔物討伐に出かける度に、必ず突撃し、騎士団に遊んでもらい、最終的にお父様に首根っこ掴まれて連れていかれる――それが何よりの楽しみだからだ。
「リズ、訓練場にはよく行くの! だから案内できるよ! 一緒に行こう!」
リズは、テオドールの手を引き、大人たちのいる所とは反対の訓練場に意気揚々と向かうのだった。
◇◇◇
一方王城内の回廊で。
「(よし、今日の話し合いは終わったし、早くミラのところに戻ろ⋯⋯)」
第一王子であるノアは堅苦しい会議から解放され、愛する妻の元へ一刻も早く帰ることを考えていた。早足で歩きだしたが、回廊の途中で先程話し合いに参加していた貴族の夫婦が青い顔をして人を探していた。
「⋯⋯どうかしましたか?」
「ノア殿下⋯⋯! 実は外で待つように言っていた息子のテオドールが見つからないんです。目を離した隙にどこか行ってしまったようです」
ノアが声をかけると慌てた様子の夫妻は救いを求めるように言った。
「⋯⋯子どもって目を離すとすぐどっか行きますよね。でも大丈夫ですよ。すぐ見つかります。⋯⋯息子さんって好きな物とかありますか?」
「え、あぁ、ノア殿下も娘さんいましたっけ⋯⋯。うちの子はここに来る前から、『騎士団の訓練場』がみたいと話ていましたが⋯⋯ひとりで行くわけが⋯⋯」
「⋯⋯見に行って見ましょう。案内します。案外いるかもしれませんよ」
夫妻を連れて、王城の奥にある訓練場へ向かった。
近づくにつれて中から騎士団の笑い声と、少女の賑やかな声が聞こえてくる。
「とつげきー!!」
「アリザ⋯⋯隊長! 今日はお友達連れてきたんですね!」
聞き覚えのありすぎる娘の声に、ノアの足がピタリと止まる。
(⋯⋯はぁー、嫌な予感がする)
ノアは額を抑えながら訓練場の扉を開け覗き込むと、そこに居たのは、楽しそうに木刀を構え騎士団に囲まれるリズ。そしてその隣にはキラキラ目を輝かせた男の子――テオドールがいた。
「テオドール!」
「あ、お父様、お母様!」
我が子を見つけ駆け寄る夫妻に、テオドールはハッと気がつくと木刀を置き駆け寄った。
ノアはその様子に気が付かず楽しそうに遊ぶリズに近づき、いつものようにその小さな身体のドレスの後ろ襟を片手で掴み、ぶら下げる。
「⋯⋯お前は何してるんだ?」
「あー、おとーしゃま! リズはテオに訓練場の場所おしえてあげたのー」
リズは後ろ襟掴まれ、足をバタバタさせながら悪びれもなくドヤ顔で報告した。さらに足の傷をお母様の直伝のイメージ魔法で治してあげたことも誇らしげに話した。
「⋯⋯お前なぁー。助けてあげたのは偉いが、大人を巻き込んで突撃するな」
「おとーしゃまはこんなとこにいていいのー? おかーしゃまのとこ行かないの?」
「⋯⋯うるさい、お前がいなきゃすぐ行ってたよ」
いつものように、からかいの声を向けてくるリズに少しばかしの怒りと呆れを含みながら答えるとくすくすと笑い楽しそうにリズがする。
「ありがとうございました、ノア殿下」
恐縮し、何度も頭を下げる夫妻と、小さな男の子がペコッと頭を下げる。
「テオ、バイバーイ! またね!」
襟首掴まれたままで楽しそうに手を振るリズ。そんな彼女にテオドールは手を振り返して、両親に手を引かれ帰っていった。
「⋯⋯ほら、お前も早く戻るよ」
後ろ襟を掴んだままそのままリズを連行してノアは歩き出した。今度こそミラの待つ場所にさっさと帰るために。「わぁー、おろしてー、おとーしゃまがおかーしゃまに早く会いたいだけなのにー」とかいいながらブラブラされながらも楽しそうにするリズのことは無視して足を早めるのだった。




