番外編1 リズの呼び方
リズの個々への呼び方が、定着したのは2歳半頃のことだった。
言葉を喋れるようになり、物心も着き始めてきた頃。誰かを呼ぶには名前を呼ぶのだと理解するが、まだ覚えたてのたどたどしい発音では上手く言えない言葉があった。それが『さ行』
一生懸命発音しようとしているのにどうしも『しゃ』か『たちつてと』のようになってしまうのだ。
「おとーしゃま、おかーしゃま!」
図書館の専用スペースで遊んでいたリズは、両親の大好きな顔を見あげた。
本当は『おとうさま、おかあさま』とかっこよく呼びたいが、リズの今のお口にはこれが精一杯。
だけど、そんなリズを愛おしそうにミラは見て、ふわりと微笑んだ。
「なぁに、リズ? 」
リズが「おかーしゃま」と呼ぶ度に嬉しそうに笑うのを、横で見ていたノアは、優しくリズの頭を撫でる。
「ミラが喜ぶならそれでいい」
似た顔で微笑むリズとミラだけど、やっぱりノアにとっての1番はミラではあるけど、かわいい娘である。その娘のたどたどしい言い方は可愛さがあった。
そんなかわいいやり取りをしていると、そこへバタンと扉が開きやってきたのはルーカスとアルトだった。
「あ、お兄ちゃんとアルト殿下」
「⋯⋯ルーカス、それにアルトまで何の用だ」
可愛さに浸っていたノアにとって邪魔者でしかない2人に不機嫌な態度を向ける。
「⋯⋯いや、うん。子どもの前でそんな手つきでミラを触るな」
ノアの手はミラの腰をがっちり掴んで離さないでいる。その手は少しスルスルと撫でるような動きをさせていたことをルーカスは指摘したのだ。
そんな大人たちのやり取りの横で見ていたリズは(⋯⋯りゅーかす⋯⋯いいじゅらい⋯⋯あ! リュカっておかーしゃまいってた! リュカおにいちゃんって! このふたりおじちゃんってきいたけど⋯⋯? おかーしゃまといっしょがいい!)
「⋯⋯リュカおにいちゃん! アルトおじちゃん!」
ルーカスとアルトは目を目開き驚いて名前を呼ばれリズの方を見た。
「え、ちょっとまって、リズ?? 僕のこともそれならお兄ちゃんにして?? ルーカスをお兄ちゃんで僕をおじさんは気に食わない! 僕の方が歳下なのに!」
「⋯⋯アルトおにいちゃん?」
そんなやり取りする横でノアとルーカスは吹き出して笑っていた。
「⋯⋯うん、そうしてくれる?」
「わかった!」
アルトがリズの頭を満足気に頭を撫でた。
一通り笑ったルーカスは少し目に涙を溜めながらリズに奇術と魔法を少し掛け合わせて、ポンッとお菓子を出してあげた。
「リズ、名前呼べるようになったんだね。偉いな。⋯⋯アルトはおじさんでもいいんだよ? おじさんだから」
「はい?! ルーカス何言ってんの?! そしたらルーカスもおじさんだから!! ずるいよ?! 僕もお兄ちゃんでいいからね!?」
そのやり取りを見てやっぱり爆笑していたノアはひとしきりに笑った後に2人の来た意味を問いただした。
「⋯⋯ふっ ⋯⋯、はぁー、それで何しに来たわけ?義兄さん?」
「⋯⋯お前には義兄さん言われたくない。ノアにちょっと手伝って欲しいことがある。来てくれ」
ノアに用があったふたりであるが、リズのかわいい呼び方にやっぱりやられていた。
何とか不機嫌そうになるノアをミラを引き剥がし連れて行ったふたりと入れ違いで今度は侍女クロエが入ってきた。
ノアが不在になったということは、クロエがノアこ戻ってくるまでここに居ることはリズはもう理解している。
「⋯⋯くろえ! 」
「⋯⋯まぁ! 呼べるようになったんですね。はい、クロエですよ」
クロエはにっこりと微笑んだ。
その後、クロエにリズは遊んで貰うのだった。
別の日⋯⋯。
ミラローズがシャルロットとお茶会するのでついて行った。リズはお行儀よくミラの隣にモコちゃんを抱えて座っていた。
(このひとは⋯⋯しゃる⋯⋯ろと⋯⋯?いいづらいし、ながいしわからない! )
「⋯⋯シャルル!」
シャルロットがやってくると、唐突にリズがそういった。誰のことを言ってるのか分からず「えっ⋯⋯?」と目を目開いた。
「⋯⋯シャルロット様、お待ちしておりましたわ。リズ、シャルロットって言いづらかったのね」
「まぁ! いいわよ、シャルルで。かわいい呼び方で嬉しいわ!」
シャルロットの万遍の笑みで頷いてくれると、嬉しくてリズも笑顔を浮かべる。
こうしてたどたどしいリズの言葉にみんながメロメロになる世界一かわいい呼び方が誕生したのだった。
6歳になった今では実はちゃんともう『さ行』が言えるのにたどたどしいままで呼ぶリズの確信犯だということは気がついているが、変わらずの宝物として受け止めているのだった。




