9.心強い味方
「スヴェルツの乱心には、私も驚いている。まさかあいつが、カルシアとクーレリアの側につくとは……なんとも、由々しき事態だ。本当に申し訳ない。息子の非礼を詫びよう、アルティア」
「いえ……」
私達からの報告を聞いたゾーント伯爵は、ゆっくりと首を横に振っていた。
彼の表情は暗い。スヴェルツの判断、それはゾーント伯爵にとっても、良いものではなかったということだろう。
「父上、お気持ちはわかりますが、今は今後のことを話し合いましょう。アルティアさんは、危機的な状況にあります。それには兄上も関係している。ゾーント伯爵家として、この落とし前はつけなければなりません」
「うむ、確かにその通りだな。アルティア、私達は君の味方だ。安心して欲しい」
「ゾーント伯爵、ありがとうございます」
ゾーント伯爵は、誇り高き貴族の一人である。そんな彼が味方になってくれることが、とても頼もしかった。
彼のことだ。敵に身内がいるからといって、手心を加えるなんてことはないだろう。それについては、信頼できる。
セオドアもそうだ。彼はここに来るまでの間、ずっと私の味方でいてくれた。それはこれからも、変わらないだろう。
「スヴェルツはアルティアの余命が半年だと勘違いした、勘違いしたと言っていたな? それについては、本当に大丈夫なのだな? アルティア、君の健康状態について聞いておきたい」
「ええ、何も問題はありません。余命半年なんて、そんなことはありませんよ」
「ふむ、それなら安心だとも。君にもしものことがあったら、君の父上に合わせる顔がないからな。本当に良かった」
ゾーント伯爵は、私のことをかなり心配してくれているようだった。
それは、とてもありがたい。ただ今聞かれると、まるでスヴェルツのように、もしも余命が僅かながら、あの二人の側につくかのように思えてしまう。
「父上、今の聞き方は良いものではありませんよ? 聞き方というか、タイミングですが」
「タイミング? ああ、違うのだ。私としては、本当にアルティアのことが心配で……」
「ええ、わかっています。父上が兄上のような判断はしないということは。まったく、何故兄上はこのような判断を……」
私が思ったことは、セオドアが釘を刺しておいてくれた。
こちらからは言い出しにくいことだったため、これもまたありがたい。
しかし本当に、スヴェルツは大胆な判断をしたものだ。
あの二人の側につく、それがゾーント伯爵家を敵に回すことだとわからなかったのだろうか。
いや、彼はわかっていたといえるのかもしれない。私が乗る馬車に、セオドアが同乗する可能性も高かったのだから。
「スヴェルツは、ゾーント伯爵家に対しても、何かしら切り札を握っているのではありませんか? 彼が何も考えず、敵に回るとは思えません」
「む? それは確かにそうかもしれないな。しかし、あいつが私の知らないようなことを知っているとは思えない。無論、ゾーント伯爵家にやましいものはない」
「兄上のことですから、衝動的なものではあったのでしょう。あれでも意外に、俗物な所はありますからね。アルティアさんが亡くなり、オーヴァン伯爵の地位につけない可能性を考えて、大胆なことをしたのかもしれません」
スヴェルツのあんまりな行動に、私は一つの推測を立てた。
しかしそれは、伯爵とセオドアに否定される。それなら彼は、何も対策せずに実の家族を敵に回したということか。
スヴェルツがそんな衝動的すぎる行動を起こす可能性というものは、ない訳でもない。
慎重なセオドアとは正反対に、彼は変に大胆な所がある。それが発揮された、ということだろうか。
「……もしくは、兄上はゾーント伯爵家についても、何か勘違いしているのかもしれません。思い込みが激しい所もありますからね」
「ともあれ、こうなった以上、スヴェルツは切り捨てざるを得なくなる。ゾーント伯爵家から追い出す手続きを行っておくとしよう。それについては、ジルクドに任せるとするか」
「ジルクド兄上、ですか? 兄上はスヴェルツ兄上について、何を思うでしょうか……」
ゾーント伯爵は、伯爵家の長男であるジルクド様の名前を出した。
彼はこの家の嫡子である。優秀な人間であり、優しい人だ。彼もスヴェルツの乱心には、悲しむかもしれない。
「さて、それでスヴェルツはクーレリアとともに、王都に向かったそうだな?」
「ええ、アルティアさんがお父上から受け継いだ指輪を持って、です。二人はあれを売り払おうとしているようです」
「なんということだ……」
セオドアの言葉に、ゾーント伯爵は頭を抱えていた。
スヴェルツが、クーレリアの行いに賛同しているという事実が、堪えているのだろう。お父様とお母様の指輪に関しては、伯爵もよく知っているだろうし。
ただ伯爵は、すぐにその表情を変えた。その含みがある表情に、私は少し考える。ゾーント伯爵は、何を思いついたのだろうか。
「……これは好機といえるかもしれないな」
「好機? 父上、そのような言い方は……」
「いや、もちろん、指輪に関しては痛ましいものだ。到底、許容できる行いではない。だが、利用できることではある。その指輪に関しては、間違いなくアルティアのものだ。これをクーレリアが売り払うというなら、色々とできることはある」
ゾーント伯爵は、笑みを浮かべていた。それは少なからず、悪い笑みだ。
その笑みと言葉によって、私はあることに思い至る。そういえば、クーレリアの行いというものは、非道であるというだけではない。もっと単純な話であったのだ。
「そうでした。彼女は、私の物を勝手に持ち出して、売り払おうとしている訳ですね?」
「ああ、これは窃盗にあたると考えても良いだろう。これによって、クーレリアを批判することは容易だ」
「……しかし父上、クーレリアとアルティアさんは家族の関係にあります。それを窃盗だと糾弾できるものでしょうか?」
「事情は、考慮されて然るべきものだろう。まあ、時間はかかるかもしれないがな」
「……となると、あちらもそれは計算の内ですか。時間がかかるからこそ、平気だと思ったのでしょうね。アルティアさんの余命が僅かだと思って」
セオドアの言葉で、私は思い出す。クーレリアが、余命短い私にお父様の遺産などは必要ないと。
彼女は長い時間をかけることで、窃盗をうやむやにしようとしているのだろう。その点においても、クーレリアは狡猾だった。
しかし、彼女の思い通りにはならない。私の余命は、少なくとも半年などではないのだから。
これなら、時間はかかるかもしれないが、あの二人を順当に糾弾することができそうだ。それは私にとって、心強い手札であった。




