10.公爵の来訪
ゾーント伯爵家の屋敷の一室で、私はセオドアと作戦会議を行っていた。
カルシアとクーレリアの手は、少なくともオーヴァン伯爵家の屋敷の使用人にも及んでいる。そのため、こちらで準備をする方が安全だということになった。
それは私にとっては、中々に恐ろしいものだった。
お父様の死に目に立ち会った中にも、私を排除しようと画策していた人がいた。その事実は、やはり辛いものだ。
「しかしそれでも、私はオーヴァン伯爵家に戻らなければならないわね」
「……そうですね。その必要はあると思います」
「まあ、敵だけではないと思いたいものだけれど……」
ゾーント伯爵家の屋敷で一晩を明かした後、私はオーヴァン伯爵家の屋敷に戻るつもりだ。
あそこをカルシアやクーレリアに好きなようにさせる訳にはいかない。そもそも、伯爵としての業務などもある。
「僕も同行しますよ」
「セオドア、それは……」
「兄上の愚かなる行いに対する償い、ということもありますが、それだけではありません。幼馴染ともいえるあなたを脅かす者が、僕は許せない。スヴェルツ兄上も、その気持ちは同じだと思っていましたが……」
セオドアは、彼にしては珍しくその表情を強張らせていた。
温厚な彼が、ここまで怒るなんて珍しい。スヴェルツの行い、それが余程頭にきているのだろうか。
ともあれ、セオドアの気持ちというものは嬉しいものだった。
彼という味方がいてくれることは、本当に心強い。今回の件の始まりから、彼が隣にいてくれてよかった。
「セオドア、ありがとう。あなたのその気持ちが、私は嬉しいわ」
「……いえ、僕は当然のことをしているまでです」
「当然のこと、ね。まあ、あなたは真面目だから、そう言うのでしょうけれど……」
「とにかく、オーヴァン伯爵家の屋敷に戻るなら、色々と対策はしておきましょう。ナルゼスさん達にも同行してもらった方が良さそうです」
「家に帰るというのに、危険があるかもしれないと思わなければならないのは、億劫なものね」
私の余命が半年であると勘違いしているとはいえ、カルシアやクーレリアの手の者が私の命を狙ってこないとも限らない。
となれば、こちらは身の安全を守るために、万全の対策を講じておかなければならないだろう。なんというか、非常に頭が痛くなる問題だ。
「……セオドア様、アルティア様、失礼致します!」
「……おや、なんでしょうか? 入ってください」
私達が色々と考えていると、部屋の戸が叩かれた。
それは使用人からの呼びかけ、だろう。しかしその声色は、なんとも焦ったようなものだった。何か問題でも、起きたのだろうか。
「談笑中、申し訳ありません」
「謝罪は結構です。それよりも、報告してください。何があったのですか?」
「来客です。それがその、ボルガー公爵が……」
「ボルガー公爵? それは……」
使用人の焦ったような言葉に、私とセオドアは顔を見合わせることになった。
カルシアと父を結び付けたというボルガー公爵、彼がゾーント伯爵家に来訪するなんて、それはどういうことだろうか。
あまり良いことが起こるとは思えない。牽制にしに来た、ということだろうか。
国王様は、彼のことを止められなかったようだ。結局の所、弟には持ち前の甘さを発揮してしまったのだろうか。
「きゅ、急な来訪ということで、困っていまして、えっと、アルティア様を……」
「……それ以上の説明は、必要ないぞ? 後は私から説明するとしよう」
焦っている使用人が必死で説明している中、声が響いてきた。
その直後に、部屋の中に大柄の男性が入ってくる。彼はボルガー公爵だ。どうやら、強引に乗り込んできたらしい。
それも口振りからして、目的は私のようだ。しかし一体、何をしに来たのだろうか。
「……ボルガー公爵、なんとも横暴な訪問ですね?」
「何を言われようとも構わない。しかし私としては、早急に動かなければならないものでな」
「それは、カルシアとクーレリアに関することですか? あなたともあろう方が、わざわざ出張ってくるなんて驚きです」
セオドアは、私を庇うように前に立っていた。
彼はボルガー公爵を睨みつけている。国王様とは違い、強面なボルガー伯爵にも怯んではいないようだ。
だが、相手が悪いともいえる。王弟の公爵、その権力というものは絶大だ。このような無礼な行いも、許されるくらいには。
「セオドア伯爵令息、君は何か勘違いしているようだな? まあ良い。私はその誤解を解くために、ここまでやって来た」
「勘違い、ですか? しかし、あなたにとってあの二人は大切な人達なのではありませんか? オーヴァン伯爵との縁談をまとめたと聞いています」
「大切な人達か。そう言われると、どう答えて良いものかはわからないものだな。気にかけていたことは、事実ではあるが」
セオドアの言葉に、ボルガー公爵は答える。ただ彼は、どうにも歯切れが悪い。何か、事情というものがありそうだ。
もちろん演技という可能性もあるが、彼程の権力者がわざわざ私達を騙すだろうか。そのような必要はないように思える。
「ボルガー公爵、つまりあなたは今回の件について、カルシアとクーレリアを助けるために来た訳ではないということですか?」
「アルティア嬢……今はオーヴァン伯爵と呼ぶべきか。それはその通りだ。私はあの二人を助けようとは思っていない。もちろん、場合によってはそれも考えられたが、あの二人の行いというものは、ゾーント伯爵からよく聞かされている」
「父上と、既に話を? なるほど、これは非礼を詫びなければなりませんね」
「必要ない。無礼な訪問であることは、明白だからな」
ボルガー公爵は、セオドアの言葉に首をゆっくりと横に振った。
どうやら彼は、敵という訳ではないらしい。少なくともこの場で、ことを構えようという感じではなさそうだ。
そういうことなら、話を聞いておいた方が良いのかもしれない。
カルシアとクーレリアのことを知ることは、今回の件への対処に役立つかもしれないし。




