11.屋敷に戻って
私は、セオドアとともにオーヴァン伯爵家の屋敷に戻って来ていた。
屋敷の中の空気は、異様なものである。いや、それは私が単にそう思い込んでいるだけなのかもしれない。
しかしなんというか、あまり歓迎はされていないような気がした。
見知った使用人達も、気まずそうだ。それは私を裏切っているからなのだろうか、それとも他に事情があってのことか。
「アルティア様、お帰りなさいませ」
「トムソンさん、ただいま帰りました」
そんな中で、最初に言葉を発したのは、執事のトムソンさんだった。
彼はオーヴァン伯爵家の中でも、古参である。父の父、祖父の代から家に仕えている。
流石に彼が、私を裏切っているなどとは考えにくい。ここは信じたい所なのだが。
「なんだか、静かなものですね? というよりも、張り詰めた空気を感じます。何かありましたか?」
「……それが、大変困ったことになっております」
「困ったこと、というと?」
「奥様が、家財を売り払っているのです。私達も、家具を運ぶ作業などに駆り出されています」
「それは……」
トムソンさんは、淡々と言葉を発していた。しかし彼の口振りからは、苦悩のようなものが伺える。
彼は、執事である。それも一流の執事だ。故に仕えているカルシアに対して、反論などではできなかったのだろう。
しかしそれでも、トムソンさんは私に対する申し訳なさのようなものを覚えているようだ。
やはり彼は、私の味方であると考えても良さそうである。もっとも、彼は使用人としてあくまで中立の立場を貫くとは思うが。
「カルシアの方も、クーレリアと同じ考えということでしょうね……アルティアさんが泣き寝入りするしかないと、考えているのかもしれません」
「そうはさせないと、あの人をわからさなければならないわね」
「ええ、そうですね。僕達には色々と手札がありますから」
ボルガー公爵から、カルシアに関する話を私達は聞いた。
その中には、この状況を一気に覆せるようなものもある。カルシアを救ったボルガー公爵は、色々と知っていたのだ。
「ボルガー公爵が味方……いいえ、彼もあくまで中立ではあるのかしら? ともあれ、私達にとって有益な情報をもたらしてくれたのは、助かったわ」
「一時はどうなるかと思いましたが、ね……」
ボルガー公爵の来訪は、私達にとっては幸運なことだった。
彼は、カルシアとクーレリアの味方という訳ではなかった。私達の味方という訳でもないが、それでも今回の件においては、こちら寄りだったといえる。
それについては、父に対する義理などもあったのかもしれない。
話を聞いた限り、ボルガー公爵は父を評価していた。それが今回の対応には、現れているような気がする。
「……何やらうるさいわね」
私達が玄関で、話し合っている中、聞き覚えがある声が響いてきた。
娘と同じような文言で現れたのは、カルシアであった。彼女は、派手な装飾のドレスを身にまとい、ゆっくりとこちらに歩いて来ている。
「アルティア? 帰っていたのね? どの面を下げて、帰ってきたのか、よくわからないものだけれど」
「そのドレスは……」
「ああ、これ? ふふっ、あなたのドレスだったかしらね? 母親から受け継いだドレスでしょう? でも、これはもうあなたには必要ないものじゃない」
カルシアが身に着けていたのは、私が母から受け継いだドレスであった。
母子揃って、人の物を勝手に持ち出している訳だ。その血というものは、争えないものであるらしい。
「あなたのことは、聞いているわ。もう長くはないそうね? 血は争えないということかしら? 母親と父親と同じように……いいえ、それ以上に短命だなんて。あなたはどうにも、弱い人間であるようね?」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「真に強い人間というものは、どんな環境でも生き抜けるものよ? 私はずっと、そうやって生きてきたわ。あなたとは違って、強い人間だもの」
カルシアは、私のことを見下していた。
余命半年が判明しただけで、そこまで強気に出られるものだろうか。いや、彼女が歩んできた道から考えると、それは誇りなのかもしれない。
しかし過去に色々とあって、そこに同情できる部分があったとしても、それは今の私には関係がないことだ。
「あなたが強い人間であるかどうかは、よくわかりません。しかし、あなたは色々と勘違いされているようですね? 私のものや、私が受け継いだ父の遺産などを好き勝手しているようですが……」
「ふん、この家のものは、全て私達のものよ? どうしようと勝手じゃない。どうせあなたには、もう必要ないものなのだから」
「仮に私の寿命が半年だったとしても、あなたがやっていることは窃盗に他なりません。私はあなたとクーレリアを糾弾します」
「ふふっ……」
私の言葉に、カルシアは笑みを浮かべていた。
その下卑た笑みからは、私を見下す意思というものが感じられる。
彼女は出会った時からそうであった。私のことを心底嫌っているらしい。
「愚かな小娘ね? 私はあなたの父親の妻なのよ? あなたとは身内なのよ。それで窃盗なんて、成立させられるのかしら? 仮にそうだったとしても、私には余りある時間があるのよ。あなたがくたばるまで、逃げ切ってみせるわ」
「いいえ、あなたはお父様の妻などではありません」
「……何を言っているのかしら?」
「こちらに、見覚えがあるのではありませんか?」
「それは……」
高らかに笑みを浮かべていたカルシアだったが、私が懐から取り出したものに、その表情を歪めた。
それは私が、ボルガー公爵から預かったものだ。今回の件における強力な切り札、それはカルシアの態度を一変させるに十分なものだった。
「そ、それは、どうしてあなたが……」
「ええ、これはあなたとお父様の婚姻届です。この国ではこれを出すことによって、公的に結婚していると認められるものです。さて、これが私の手にあることがどういうことか、わかりますか? これは出されていなかったのです。あなたとお父様は、結婚していない」
「そ、そんな馬鹿なことが、ある訳が……」
ボルガー公爵からこれを見せられた時は、私もひどく驚いた。
ただ、それがここにあるということが、一つの事実を物語っていた。
カルシアとお父様は、結婚などしていない。少なくともそれは、公的に認められる関係ではなかったのである。




