12.明かされた真実
「あり得ないわ。私は、あの人と結婚しているはず。その届は出されていなければ、おかしいのよ? あなたが無理やり、持ち出したのでしょう!」
「残念ながら、そうではありません。そう思われるのならば、公的機関に問い合わせてみてください。ご自身の結婚歴というものが、わかるはずです」
婚姻届がここにあるということに、カルシアはかなり動揺しているようだった。
つまり彼女は、本当にお父様の結婚していると思っていた訳だ。まあそれは、当然のことではあるか。まさかこれが出されていないなんて、思う訳もないだろうし。
それに関しては、私も騙されていたというか、わかっていなかったことである。
お父様は、カルシアの色香にあてられてなどいなかった。様々な思惑を持って、彼女のことを受け入れていたのだ。
無論、お父様自身も、惑わされていた部分などはあったのだが。
「お父様が、何故あなたを受け入れたのか、それをあなたは勘違いしていたようですね?」
「な、何が言いたいのよ? あの人は、私のことを好いていて……」
「女性としてあなたを好いていたというならば、これを出すことを躊躇う理由はないでしょう? あなたはまず、そこを履き違えていた。といっても、それは恥じることではないでしょう。私も、そう思っていましたから」
カルシアは、お父様が自身のことを恋愛的な面で好いていると思い込んでいた。
だが、それは間違っていたのだ。お父様には、恋慕はなかった。
その辺りは、ボルガー公爵からも証言は得られている。というよりも、彼もこの件については共犯者だ。
「あなたは色々な男性のお世話になっていたそうですね? 愛人業とでも言うべきでしょうか? その最中、ボルガー公爵に助けられる機会があったとか……」
「それは……」
「彼は、あなたに随分と厳しい言葉をかけていたようですね? このままの生き方ではいけないとか。事実として、あなたの振る舞いは何度か問題になっていたそうですね?」
「……」
私がボルガー公爵から聞いたことを投げかけてみると、カルシアは目をそらしてきた。
彼女が愛人として取り入った貴族の家のいくつかでは、問題が発生していた。端的に言ってしまえば、浮気していた訳なのだから、それはおかしなことではないだろう。
ボルガー公爵は、そういった問題を知り、カルシアとクーレリアの身を一時的に預かると決めたそうだ。それから彼女と対話して、真っ当に生きる道を模索していたらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、お父様だった。ボルガー公爵は評価しているお父様ならば、カルシアとクーレリアも再起を図れると考えたらしい。
「ボルガー公爵が、お父様との縁談をまとめて、あなたは表面的には真っ当な道を歩もうとしているように見えた。実際は、色々と異なっていたようですが……」
「……っ!」
お父様もボルガー公爵も、カルシアが真っ当にオーヴァン伯爵家の妻になると、そう思っていたそうだ。
その点において、彼女は取り繕えていたのだろう。心を入れ替えたものだと、二人を思い込ませた手腕については、見事といえるかもしれない。
しかし結局の所、彼女もクーレリアも変わることはできなかった。
私に露見する程度には、その人を見下す性というものは治らなかった。その結果がこれだ。
「私がお父様に、それとなく何度かあなた方のこと、特にクーレリアのことを言ったことはありますが、それは聞き流されていました。まあ、クーレリアに関してはこれからだと、お父様は思っていたのでしょうね? あなたの方も、多少はそういった性質がまだ抜けきっていないと、考えたのかもしれません」
私は、お父様にカルシアとクーレリアのことを進言したことがある。
それは受け止められていなかったものだと考えていたが、受け止めた上でお父様は願っていたのだろう。二人が再起するということを。
カルシアの方に関して、お父様はそれが成し遂げられていると考えている節はあった。
事実として、彼女はクーレリアに比べれば特に派手なことはしていない。お父様は彼女が落ち着いたものだと、考えていたのだろう。
「ただそれでも、お父様はあなたと正式な形で結婚することは、できないと思っていたということです。ボルガー公爵にこれを預かってもらっていたのも、その一環といえるでしょう。もちろん、折を見て正式に籍を入れるつもりだったのかもしれませんが」
「……私を騙していた、ということね?」
「……」
カルシアは、その表情を歪めていた。
その憎悪に満ちた表情に、私は悟る。彼女という人間は、最早お父様やボルガー公爵が期待したような人間ではないということを。
カルシアは、根元から腐ってしまっている。彼女はもう、人から受けた優しさに報いようなどという気持ちは、欠片もないらしい。
それは私にとっては、幸いなことかもしれない。カルシアがそういう人間であるならば、私も非情になれるというものだ。
「まあ、あなたがどのように思うのかは勝手ですが、これ以上あなたをこのオーヴァン伯爵家に留まらせておく訳にはいきません。ボルガー公爵も、あなたをもう助けてはくれませんよ? 今回のことで、彼はひどく失望しているのですから」
「ふざけないで! どうして、この私が……」
「どうしてなのかは、胸に手を当てて考えてみれば、良いではありませんか。もっとも、それができるなら、最初からこんなことにはなっていないと思いますが……」
私は、ゆっくりと首を横に振った。
そんな私を、カルシアは睨みつけてくる。その瞳からは、これでもかという程の憎しみが感じられた。
どうしてそこまで嫌われているのかは、よくわからない。彼女からしてみれば、私は望まれた環境にいるとでも言いたいのだろうか。
「小娘……あなたなんかに」
「……やめておいた方が良いですよ?」
「なっ……」
激昂したカルシアは、動きを見せた。恐らく、私に飛びかかろうとしていたのだろう。
しかし彼女は、動きを止めることになった。セオドアが私の前に立ち、釘を刺したからだ。
それからカルシアは、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。流石の彼女も悟ったのだろう。もう、終わりであるということを。
「ああ、それから……一つ言い忘れていましたね? 私の余命は、半年などではありませんよ?」
「……え?」
「随分と勘違いされていたようですね。まあ、あなたの行いの落とし前はつけさせてもらいます。これから、ゆっくりと、ね?」
最後に私がそう告げると、カルシアは目を丸めていた。
結局の所彼女は、スヴェルツからもたらされた情報を信じ切っていた訳か。
いやもしかしたら、信じたかったのかもしれない。彼女にとってオーヴァン伯爵家を手に入れられるということは、本当に幸福の絶頂だったのだろうから。




