8.煽る妹
「あらあら? うるさいと思ったら、お姉様でしたか……これは納得です。オーヴァン伯爵家の長女というものは、令嬢でありながら随分とうるさい方ですから」
馬車から出てきたクーレリアは、私に対してまず罵倒の言葉を口にした。
他者を見下す彼女だが、今日もその調子というものは良いらしい。
クーレリアはそのまま、スヴェルツの腕に抱き着いた。彼が自分のものであることを示すように、彼女は縋りついている。
「スヴェルツ様、このような者達と話しているなんて、時間の無駄ではありませんか?」
「……そうかもしれないな」
「ああ、お姉様、私達はですね? これから王都に行くんです。観光ということになりますか。新たに婚約者になってから、初めてのお出掛けというものです」
「婚約者……」
クーレリアの言動からして、二人がどういう関係にあるかは理解できた。
しかし、婚約者とは。スヴェルツはつい先程、私に対して婚約破棄したばかりなのだが。
「随分と進んだ関係になったものね? スヴェルツ、まさかあなたがクーレリアと婚約するなんて、思ってもいなかったけれど」
「……俺には俺の生きる道というものが、あるということだ」
「お姉様、聞かれましたか? スヴェルツ様は、お姉様よりも私のことを選んだんです。まあ、仕方ありませんよね? お姉様よりも私は、数段魅力的なのですから」
スヴェルツは、また少しばつが悪そうにしていた。彼としては、クーレリアを愛しているとか、そういうことではなく、立場を考えてのことなのだろう。
彼は私が、余命半年であると勘違いしている。そのため、オーヴァン伯爵の地位を手に入れるために、鞍替えしたといった所か。
「クーレリア、あなたが何を考えているのかは知らないけれど、あまり調子に乗らないことね? これ以上、あなたの好き勝手にはさせないわ」
「虚勢や強がりは、可愛くありませんよ、お姉様。知っていますよ? もう、そうやって立っているのだって、辛いのではありませんか?」
「それは……」
クーレリアの言葉に、私は察する。彼女の方も、勘違いしているのだと。
恐らく、スヴェルツから話を聞いたのだろう。私の余命が半年と考えていなければ、流石に今のような煽りはしてこない。
そこで私は、少し芝居を打つことにした。
別にその必要はないかもしれないが、敢えて真実を教える必要もないからだ。勘違いしているならば、そのままでいてもらおう。
「驚きましたか? ふふっ、スヴェルツ様が聞いていたのですよ? お姉様の体調のことは。血は争えませんね? 短命の両親と同じように……ああ、お二人よりも早くはありますか? そんな年で、もう長くはないなんて」
「……私のことならともかく、父と母への侮辱は、許さないわよ?」
「侮辱だなんて、そんなことは……事実を言っているまでです。短い命でしたね、お二人とも。生命力という観点から考えれば、優秀ではなかったのでしょうか?」
クーレリアは、私のことを煽ってきていた。
そういった煽りには慣れている。今更、感情が動くこともない。
そう言いたい所だが、やはり両親への言葉というものには怒りを覚えていた。しかしここはまだ、感情を律しなければならない時だ。
「オーヴァン伯爵家を自由にできるなんて、思っているのかしら? あなたやあなたの母親は、血を継いでいないのよ?」
「そのようなことは、どうとでもなることです。お姉様のお父様は、お母様と結婚されているのですからね? 法的に私は、オーヴァン伯爵の娘です。後は少し口利きしてもらえば、通せてしまうのですよ? 血は絶対ではありません」
「そんな馬鹿なことが、ある訳がないわ。そのようなことは、私がさせない」
「別に、私達としては後もう少し待てば良いだけですからね? そうすれば勝手に、障害が消えてくれるのだから、楽なものです」
クーレリアがこれ程までに意気揚々としているのは、私の余命が半年だからなのだろう。
彼女にとって、私の命が終わることは、嬉しくて仕方ないことのようだ。そこまで思える精神というものが、私には理解できなかった。
「それにしても、これはもう笑うしかないですね。お姉様は後半年間、必死で生きようとする訳です。その間に、私は幸せな時間を過ごすのですよ? 苦しんで苦しんで、私を恨みながら息絶えるお姉様の姿が、楽しみで仕方ありません」
「クーレリア、あなた……」
「ああ、そうだ。これには見覚えがありますよね? なんだかわかりますか? お姉様が大切にしているものですよー?」
「それは……」
そこでクーレリアは、あるものを取り出した。
それは指輪である。その対の指輪は、お父様とお母様がつけていたものだ。
お父様が生前まで所有していたもので、亡くなる際に形見として残してくれたそれを、クーレリアが持っている。私はその事実に、少しだけ混乱することになった。
「これはもう、お姉様には必要ありませんからね? どうせ後半年の命なのですから、あの世に持っていける訳でもないでしょう? という訳で、私がもらってあげますねー」
「クーレリア、あなた何を……」
「この程度の指輪でも、売ればそれなりにしますからね。ふふっ、これをスヴェルツ様と遊ぶ資金にします。ああ本当に、お姉様の命が終わってくれるなんて、嬉しい。これでお父様の遺産も、全て私達のものです」
クーレリアは、嬉々として笑っていた。
それに私は固まる。彼女の理論というものはあまりにも横暴で、凡そ人としての範疇を越えるようなものだったからだ。
そんな私を嘲笑いながら、彼女は馬車に乗り込んだ。スヴェルツも、それに続いていく。どうやら煽るだけ煽って、この場から去るつもりであるらしい。
「アルティアさん、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ、セオドア」
「……信じられません。兄上が、あのような外道を選ぶなんて。どうやら落ちる所まで、落ちてしまったようですね。残念です」
「そうね……ええ、そうだわ」
落ち込む私に、セオドアが駆け寄ってきてくれた。
そんな私達の横を、馬車が通り過ぎる。その時に、スヴェルツの顔も見えた。
彼はまた、罰が悪そうな顔をしていた。しかしそれを見ても、彼に対して最早情など持ち合わせる必要がないと思えた。
クーレリアという悪逆の隣に立つということは、そういうことだ。スヴェルツも既に外道に落ちた。私はそう思うことにした。




