4.見抜かれた護衛
病院での会計が終わって、私はセオドアとともに馬車の近くまで来ていた。
スヴェルツの勘違い、それを私は解かなければならない。もしも私の余命が半年だ、なんてことを広められたら、大変なことになる。
「……そういえば、スヴェルツは帰り道に気を付けるように言っていたわね」
「そうなんですか?」
「ええ、近頃は厄介な手合いも多いとか、そんなことを言っていたけれど……」
馬車に乗る前に、私はスヴェルツに言われたことを思い出していた。
あれは、私を心配するような言葉ではなかったのだろうか。いや、それについてはただ単純に、社交辞令で述べただけなのかもしれないが。
「厄介な手合い、ですか? 兄上がそのようなことを……少し気になりますね」
「気になる? そうかしら?」
「そういったことを言ったことに、意味があるようにも思えます。兄上は他に何を?」
「護衛がついているから、大丈夫とは言っていたけれど……」
「護衛、ですか? 少し聞いてみますか」
私の言葉を受けて、セオドアは馬車の周りにいる護衛の一人の方に行った。とりあえず私も、それについて行く。
セオドアは、どちらかというと慎重な性格だ。そのため、厄介な手合いというものが、気になっているのだろう。
スヴェルツとセオドアは、顔はそっくりなのに、そういった所は双子であるのに正反対である。
スヴェルツの方は、どちらかというと大胆な性格なのだ。セオドアならば、診察室から途切れ途切れに言葉が聞こえてきたとしても、特に行動は起こさなかっただろう。
「少しよろしいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「近頃は、厄介な手合いも多いと聞いています。道中、何か心配な点などはありませんか? あなた方なら、そういったことはよく知っていることでしょう」
「いえ、特には……」
セオドアからの質問に、護衛の一人は首を横に振った。
道中で特に問題が起きている、などということはないのだろう。やはりあれは、スヴェルツが適当に言っただけだったか。
「……」
「セオドア?」
私がそう思っていると、セオドアの表情が少し強張っていた。
彼はまだ、心配をしているということだろうか。本当に心配性なものである。それは彼の美徳であるとは思うが、今はあまり時間もないし、そろそろ出発したい所だ。
「セオドア、今は時間が惜しいわ。あなたの心配はわかるけれど……」
「……隠していることがあるならば、話していただきたいと思っています。あなたはお金で雇われているはずですね? 雇い主の倍の金額を出しましょう。この意味がわかりますか?」
「セオドア? それは……」
私の言葉を聞き流して、セオドアは護衛の一人に話しかけていた。
その内容というものは、なんだか物騒なものであった。彼は一体、何を考えているのだろうか。
ただセオドアの言葉で、護衛の一人の表情は変わっていた。その険しい表情からは、含みのようなものが感じられる。
「……そうですね。こちらを受け取っていただければと思います」
「……なるほど、あなたの方が羽振りは良いということですかな?」
「おや、このくらいでもそう思われますか?」
「俺達の雇い主は、ケチな方ですよ。まあ、リスクに見合った金額は提示されましたが、ね?」
護衛の一人の態度が変わった。彼は笑みを浮かべている。それは悪辣な笑みだ。
つまり護衛は、あまり良い手合いのものではなかったということなのだろう。セオドアはどうやら、それを見抜いていたようだ。
「セオドア……ありがとう、あなたのお陰で、私は命拾いしたようね?」
「いえ、お気になさらず。まあこれは、兄上のお陰ですよ。兄上がそのように含みのあることを言う時は、何かあるというのが常です」
「でもあなたは、オーヴァン伯爵家が雇った護衛のはずよね? それなのに、随分と……その、粗暴なものなのね?」
「ははっ、言ってくれますね。まあ、その通りではありますが……」
私はセオドアにお礼を言ってから、護衛の一人に話しかけた。
彼は明らかに、ごろつきの類であった。金があれば何でもするような輩だ。それがオーヴァン伯爵家からの依頼で、雇われるとは思わないのだが。
「しかし、オーヴァン伯爵家の現在の当主殿は、お気楽であるようですね? 自分が置かれた状況というものをわかっていらっしゃらない?」
「お気楽……それはどういう意味かしら?」
「屋敷の中にいる使用人が、全員あなたの味方ではないということですよ? 敵については覚えがあるでしょう? その一派というものもあるということです」
「それは……」
護衛の一人は、私のことを小馬鹿にしながら、語ってきた。
どうやら屋敷の中には、カルシアとクーレリアに与する者がいたようだ。彼の言葉からは、それがわかった。
だがそれなら、彼らのことを知っていたスヴェルツがおかしくなる。つまり彼も、繋がっていたということだろうか。
「どうやら兄上は、カルシアとクーレリアの二人につくつもりのようですね。恐らく、前々から話を持ち掛けられていたのでしょう」
「スヴェルツが? そんなまさか……」
「考えられないことではありません。残念ながら、兄上には利己的な部分がありますから」
セオドアの言葉に、私は項垂れる。昔馴染みで信頼できるスヴェルツすらも、あの二人につくとは思っていなかったからだ。
屋敷の中にも、そういった者達がいるということだろうか。なんというか、気が滅入ってきた。まさかこれ程までに、あの二人が侵食してきているとは。
「それで、あなた方はどういった手筈だったのですか?」
「帰り道で、盗賊に襲われる予定でしたよ。俺達は見て見ぬ振りをすれば良いだけでした」
「そうですか。それなら、命拾いされましたね?」
「……なんですって?」
「あなた方も、そこで始末される手筈だったと思いますよ? 本命は盗賊の方でしょうからね。事実を知る者は少ない方がいい」
「なっ……」
護衛の一人は、目を丸めていた。
ただ、セオドアの考えは正しい。彼に金を積まれただけで喋るような者達を、生かしておくなんてことはないだろう。
それくらいは、カルシアにだって考えられることだ。クーレリアはともかく、彼女は狡猾だ。その点については、私も侮っていた部分はあるけれど。
なんとも、厄介なものである。カルシアとクーレリアは、着実にオーヴァン伯爵家を蝕んできている。それは由々しき事態であった。




