3.婚約者の弟
「……セオドア?」
「……アルティアさん?」
病院の受付まで来た私は、見知った顔を見つけて、少し驚くことになった。
そこにいるのは、スヴェルツの双子の弟であるセオドアだ。何故彼がここにいるのだろうか。
スヴェルツが帰ったということは、彼も帰っているはずなのだが。いやまだ、帰る準備ができていなかったということだろうか。
「セオドア、こんにちは」
「ええ、こんにちは……アルティアさん、診察は終わったのですか?」
「え? ええ、終わったわよ? スヴェルツとも会ったけれど、あなたも来てくれていたのね?」
「はい、アルティアさんのことが心配でしたからね……兄上と会ったのですか?」
私は、セオドアと言葉を交わした。
しかし彼は、なんというかぎこちない。まるで状況を理解していないかのようだった。
いや、それは私も同じかもしれない。今の状況は、なんだか変だ。よくわからないけれど。
「セオドア、スヴェルツはどこに行ったのかしら? 私は彼と会ったわ。それで彼は、もう帰ると言っていたのだけれど」
「帰る? そうでしたか……しかし、こちらに兄上は来ていません」
「え? ああ、裏口の方から出て行ったのかしら?」
セオドアは、病院の入り口の方に視線を向けていた。
ただここには、もう一つ出入りできる所がある。状況からして、スヴェルツはそちらから出て行ったということだろう。
だが彼は、ここで弟が待っていることを知っていたはずだ。
それなのに、わざわざ別の出入り口から出るなんてことが、あるものだろうか。それはなんとも、ちぐはぐであるような気がする。
「……少し、様子を見てきます」
「あ、ええ……」
私が疑問に思っていると、セオドアが少し早足で病院から出て行った。
私はとりあえず、受付に会計のことを聞きに行く。どうやら、もう少し時間がかかるそうだ。
そうしている内に、セオドアが戻ってきた。
彼は険しい表情をしている。何かあったということだろう。
「セオドア、どうだったの?」
「馬車がありませんでした。使用人達もおらず、兄上は既に帰ったようですね……」
「あなたを置いて?」
「ええ、僕はどうやら、置いていかれたようです。非常に不可解なことではありますが……」
セオドアは、苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。
それは当然のことだろう。彼は双子の兄に、置いていかれたのだから。
しかし、スヴェルツがそうした理由がわからない。
双子の弟に対する嫌がらせ、ということだろうか。二人は殊更、険悪な仲などではなかったと思うのだが。
「……まあ、置いていかれたというならば、私と一緒に帰ればいいわ。ゾーント伯爵家の屋敷は、道中であることだし、私も話し相手がいた方が良いもの」
「ありがとうございます。しかし問題は、兄上の行動の理由ですね。何故このようなことをしたのか、それがわかりません。つまり兄上は、僕に見つからず帰る必要があったということ、なのでしょうか?」
「それは、そうね? 何か怪しい気はするけれど……」
セオドアの疑問に対して、私も首を傾げることしかできなかった。
スヴェルツの行動は、本当に不可解なものである。セオドアに対するこの仕打ちには、当然何か理由があるものだとは思うのだが。
しかし、それは皆目見当もつかなかった。状況から考えると、私との会話などが関係しているのかもしれないか。
「スヴェルツとは、二三会話を交わしただけだけれど……そう、彼は私の様子を見に来てくれたと言っていたわ。それから葬儀の手伝いのお礼だとか、ゾーント伯爵家が私の味方だとか、そういうことを言ってくれたけれど」
「アルティアさんとの会話で、何かおかしい所はなかったということですか?」
「ええ、特には……まあ、確かに急いで帰りたがっていた節はあるわね? それから私が診察室から出て来た時に、少し険しい顔をしていたような気もするわ」
私は、スヴェルツのことを思い出していた。
診察室から出て、私が話しかけるまでの間、彼は少し深刻な顔をしていた気がする。
その後の会話は、特におかしなものではなかった。ただ彼が、できるだけ早く帰りがたかっていたということは確実だ。
つまりスヴェルツは、私と会話する前から何か思い詰めるようなことがあって、それを理由に早く帰りたがっていたということになるだろうか。
「ここに来るまでの間、スヴェルツは思い詰めたりしていなかったのかしら?」
「そうですね。特に、そのような様子はなかったと思います。しかしそれなら、兄上はここに来てから、そうなるような事実を知ったということになりますね?」
「そうね……」
「……アルティアさん、そういえば診察の結果はどうだったのですか? まさか、何か悪い所があったとか?」
「え? ああ、いえ、健康だったわよ?」
セオドアは、少し焦った様子で質問を投げかけてきた。
その質問に、私は首を横に振る。検査の結果は悪いなんてことはない。むしろ私は、健康体であった。
しかし、セオドアがその質問をしたということに意味がある。彼はスヴェルツが、私の診察に関する結果によって行動を起こしたと思った、ということなのだろう。
「そうでしたか……それなら良かった」
「スヴェルツが、私の健康状態によって何か行動を起こした、セオドアはそう考えた訳ね?」
「ええ、兄上が乱心するとしたら、そうかと思いまして」
「まあ、その可能性はない訳ではないわね。といっても、診察室はそれなりに防音だと思うけれど? 中のやり取りは、待合室でも聞こえるにしても、途切れ途切れ……で」
「アルティアさん?」
セオドアに話している途中で、私はあることに気付いた。
待合室では、診察室でのやり取りというものは、非常に中途半端に聞こえるものである。スヴェルツも、そうだったと考えるべきだろう。
今日の診察において、私は先生と父のことを話していた。
その内容が、スヴェルツに伝わっていたというならば、どうだろうか。途切れ途切れに聞こえるそれを、彼が私の診断であると思ったのならば。
「セオドア、可能性はあるかもしれないわ。スヴェルツは、先生との父に関する会話を、私のことだと思ったのかもしれない」
「なんですって?」
「でも、それにしたって、スヴェルツの行動は不可解なものね? 何を考えているのかしら?」
スヴェルツの行動の理由、それはおぼろげながら見えてきた。
ただそれでも、不可解な点は多い。彼は何を考えているのだろうか。
ともあれ、私も早い所行動した方が良さそうだ。彼の勘違いが広まる前に動かなければ、面倒なことになりかねない。
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