15.双子の兄弟として
私とセオドアは、王都の宿に足を運んでいた。
クーレリアの発言は気になるものの、まず私達には決着をつけなければならない者がいた。
それはスヴェルツだ。彼はクーレリアに同行することなく、宿に残っていたらしい。
「……兄上、ここにいましたか」
「……セオドア? それにアルティアも、か。一体、ここに何をしに来た?」
私とセオドアの来訪に、スヴェルツは驚いているようだった。
彼はまだ、何も知らないということだろう。まったく持って、呑気なものである。
そんな兄に、セオドアはするどい視線を向けていた。彼の怒り、それをスヴェルツも流石に感じ取っているだろうか。
「兄上、僕から話があります。僕というよりも、これはゾーント伯爵家を代表してのこと、ということになりますが」
「……父上が何か言ってきたのか? しかし、俺の判断は正しいものだ。情に流されて、アルティアの味方をするなど、伯爵家としてあってはならないことだろう」
「兄上は、何もわかっていないのですね。悲しいものです。悪逆に味方するだけある」
スヴェルツは、セオドアを睨み返していた。
双子の弟に対しては、彼も弱気にはなりたくないということだろうか。私に対しては、今この瞬間も、少し気まずそうな視線を向けて来ているのだが。
もっとも、それも今更だ。スヴェルツはもう、取り返しのつかない所まで来ている。
「ゾーント伯爵家は、兄上を追放することに決めました。もうあなたは、伯爵家の一員ではありません」
「……馬鹿げている! そんなことをして、何の意味があるというのだ! アルティアはもう、死ぬのだぞ? そんなものに味方した所で、得られるものなど何もない」
「仮にそうだったとしても、あのような者達につくなど間違っています。貴族というものには、誇りがあります。それがあるからこそ、僕達は色々な権利を与えられている。それすらも、兄上は忘れてしまいましたか。欲に塗れて……!」
セオドアは、拳を握りしめていた。
彼としては、ひどく悔しいものなのだろう。兄の乱心による裏切りというものは。
しかしそれでも、セオドアは役目を果たそうとしていた。兄を切り捨てるという、その役目を。
「……そもそも、アルティアさんの余命が半年であるということ、間違っています。兄上は勘違いしていたようですね。彼女はお父上のことを話し合っていただけに過ぎない」
「……何?」
セオドアから事実を告げられた瞬間、スヴェルツは目を丸めた。
彼は、ゆっくりとこちらの方を向く。それは事実を確かめようとしているのだろう。それなら私から、答えるとしようか。
「ええ、セオドアの言う通りよ。私の余命は、半年などではないわ。検査の結果は、極めて良好。悪い所は一つもなかったわ。あなたは随分と、ひどい勘違いをしたようだけれど……」
「ば、馬鹿な!」
私の言葉に対して、スヴェルツは首を横に振った。
認めたくないのだろう。彼はその表情を歪めながら、私とセオドアの顔を交互に見てきた。
これでも一応、長い付き合いだ。セオドアに至っては、双子の兄弟である。顔を見れば、嘘をついているかどうかくらいは、わかることだろう。
それからスヴェルツは、固まった。彼からしてみれば、それは信じられない事実だったのかもしれない。
「……今更後悔した所で、全てが遅いですよ、兄上。あなたがこうなったことは、自業自得です」
「……ふざけるな! 俺がどんな思いで、この判断をしたのか、お前にわかるというのか! 責任ある立場に立ったこともない、お前に!」
しばしの沈黙の後、スヴェルツは激昂した。
彼はセオドアに、詰め寄っている。双子として、何か思う所があったのだろうか。それは今回の件だけで発せられたものでは、ないような気がする。
ただそれを、セオドアは極めて冷静に受け止めていた。
彼はなんとも、冷たい。これ程までセオドアが冷酷になるなんて、本当に今回の件は、頭に来ているようだ。
「責任ある立場に立って判断して、それが間違っていたというならば、兄上はその責任を取るべきですね。ゾーント伯爵家のためにも、これ以上何も言わずに去ってください」
「それが、兄にかける言葉か! お前はいつだってそうだった。そうやって冷静にしていれば、いいと思っているのか?」
「冷静? 僕が冷静ですって? 兄上は、本気でそう思っているのですか? 僕がどれだけ、兄上のことを……!」
スヴェルツの激昂に、セオドアは言葉を返した。その口調は淡々としているが、感情が籠っている。
それが伝わったのか、スヴェルツの勢いが少しだけ弱まった。彼はまた、何か勘違いしていたようだ。双子の弟の心まで、推し量れなくなっていたらしい。
「兄上、僕は悲しんでいるんです。あなたがこのような判断をしたことが、悲しくて仕方ない。そもそも、アルティアさんの余命が半年だと聞いたとしたならば……それが例え勘違いであったとしても、アルティアさんを気遣う言葉が、どうして最初に出てこなかったのですか? それが何よりも、最初に思うべきことではありませんか」
「それは……」
セオドアの声は、震えていた。今まで感情を律していた彼が、それを抑えきれなくなっていた。
そうなる程に、セオドアは兄の乱心に心を痛めていたのだ。それがわかって、私も少し悲しくなっていた。
スヴェルツも、流石にセオドアの悲しみは心に来ているようだった。
彼は一歩、二歩と後退する。最早セオドアに詰め寄る気には、なれなかったらしい。それ所から弟から、どんどんと遠ざかっていく。
「兄上は、人の心さえも忘れてしまった。地位がそれ程までに、重要だったのですか? あなたが背負った責任とは、そうならざるを得ないものだったのですか? 僕にはそうは思えません。だからもう、あなたを兄だとは思えない……」
「お、俺は……」
スヴェルツはゆっくりと、その場に膝をついた。
彼はそのまま、項垂れる。言葉にならない言葉とともに、彼はその場にうずくまっていた。
最早、スヴェルツとセオドアの仲は戻らない。双子の兄弟の間には、決定的な溝ができてしまった。
二人のことをよく知る私も、それは悲しかった。だが、スヴェルツに関して許す気などにはならなかった。彼は私を裏切った、その事実はもう変わらないことだから。




