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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第90話 文化祭

十月。


文化祭当日。


朝。


学校へ向かう道から、もう空気が違った。


他校の生徒。


保護者。


いつもより騒がしい駅前。


その全部が、“文化祭の日”って感じだった。


朝比奈湊は校門をくぐりながら、小さく息を吐く。


少し緊張していた。


理由は文化祭だけじゃない。


「みなと!」


声。


振り向く。


そして、少し止まる。


栞。


クラスの制服用衣装。


白シャツ。


黒いスカート。


エプロン。


髪も少し巻いている。


“喫茶店の店員”って感じだった。


でも。


かなり似合っていた。


「……え」


やっと出た声がそれだった。


栞は少し照れながら笑う。


「反応それ?」


「いや……」


無理だ。


朝から心臓に悪い。


「似合ってる?」


少し不安そうに聞いてくる。


湊はかなり強く頷いた。


「めちゃくちゃ」


即答だった。


その瞬間。


栞が少し止まる。


それから。


耳を赤くしながら、小さく笑った。


「……ありがと」


その顔が、かなり可愛かった。


「朝比奈ー!」


藤堂が近づいてくる。


そして。


爆笑した。


「お前ほんと分かりやすいな!」


「うるさい」


「顔真っ赤」


倉田まで笑っている。


最悪だった。


でも。


栞が嬉しそうだから、まあよかった。


そして。


「で、朝比奈」


藤堂がニヤつく。


「お前も着替えろ」


嫌な予感しかしない。


教室。


男子更衣スペース。


渡される執事服。


「……マジか」


黒いベスト。


白シャツ。


ネクタイ。


完全にそれっぽい。


「絶対似合う」


藤堂がかなり楽しそうだった。


「嫌だ」


「諦めろ」


数分後。


着替える。


鏡を見る。


「……恥ずかしい」


その一言しか出なかった。


教室へ戻る。


その瞬間。


女子たちが少しざわつく。


「え、似合う」


「普通にかっこよくない?」


かなり居心地が悪い。


そして。


栞。


こちらを見たまま、少し止まっていた。


「……栞?」


呼ぶ。


すると。


栞が少しだけ我に返った。


それから。


かなり照れながら笑う。


「……やばい」


「何が」


「思ったより、かなり似合う」


その瞬間。


今度は湊の方が止まる。


「……急だな」


「ほんとだから」


かなり真っ直ぐだった。


文化祭が始まる。


お客さん。


呼び込み。


笑い声。


学校全体がかなり賑やかだった。


「いらっしゃいませー!」


藤堂のテンションが高すぎる。


湊は注文を取ったり、運んだり。


意外と普通に忙しかった。


でも。


不思議と楽しい。


「みなと」


栞が近づいてくる。


「お疲れ」


「そっちも」


かなり近い。


しかも。


お互い衣装姿。


距離感がおかしくなりそうだった。


「ねえ」


栞が小さい声で言う。


「ん?」


「さっきから女子に見られてる」


その瞬間。


湊は少し眉をひそめる。


「……嫌だな」


反射だった。


すると。


栞が少し目を丸くする。


それから。


かなり嬉しそうに笑った。


「ちょっと嬉しい」


「何が」


「みなと、そういう顔するんだって」


かなり楽しそうだった。


昼過ぎ。


休憩時間。


二人で中庭へ出る。


秋の空。


少し涼しい風。


文化祭のざわめきが遠くに聞こえる。


「疲れた」


栞が小さく息を吐く。


「まだ半分」


「頑張る」


ベンチへ座る。


その瞬間。


ふと、去年までの自分を思い出した。


文化祭なんて、面倒だった。


早く終わればいいと思ってた。


でも今は。


こんなに楽しい。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらを見る。


かなり優しい目だった。


「今年の文化祭、好き」


その言葉が、静かに胸へ沁みる。


湊は少しだけ笑った。


「……俺も」


本当に。


好きな人がいるだけで、景色って変わるんだと思った。


風が吹く。


栞の髪が揺れる。


秋の匂い。


その全部が、かなり綺麗だった。


「ねえ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「写真撮ろ」


スマホを出す。


二人で並ぶ。


文化祭の飾り。


秋の空。


そして。


執事服の湊と、店員姿の栞。


シャッター音。


その瞬間。


多分、この日の空気まで全部閉じ込められた気がした。


「……なんか恥ずかしい」


湊が言う。


すると。


栞が少し笑う。


「でも、あとで絶対見返す」


その言葉に、湊も少し笑った。


たしかに。


きっと何年経っても、この写真は消せない。


教室へ戻る。


文化祭の音。


笑い声。


秋の光。


その全部が、青春って感じだった。


そして湊は思う。


去年まで、“普通”でいいと思ってた。


でも今は。


栞と過ごす毎日が、普通以上に特別だった。

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