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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第88話 放課後の買い出し

九月後半。


放課後。


教室には、文化祭準備の空気がかなり広がっていた。


段ボール。


模造紙。


カラーペン。


机の上が、完全に散らかっている。


「疲れたー!」


藤堂が机へ突っ伏す。


「まだ全然終わってない」


倉田もかなり死んだ顔だった。


でも。


教室の空気はどこか楽しそうだ。


文化祭前特有の、少し浮ついた感じ。


それが、かなり“高校生”っぽかった。


「みなと」


栞が近づいてくる。


「買い出し行こ」


今日は二人で、喫茶店用の備品を買いに行く担当だった。


「うん」


鞄を持つ。


教室を出る。


夕方。


廊下には、他クラスの準備の声も響いていた。


笑い声。


走る音。


その全部が、文化祭前って感じだった。


「なんかさ」


階段を下りながら栞が言う。


「ん?」


「文化祭準備って、ちょっと青春っぽい」


「またそれ」


「でもほんとだから」


栞が笑う。


その顔を見るだけで、胸の奥が少し温かくなる。


学校を出る。


夕方の風。


夏より涼しい空気。


少しだけ秋の匂い。


「何買うんだっけ」


湊が聞く。


「紙コップと、お菓子の飾りと……あと画用紙」


「多いな」


「頑張って」


かなり他人事みたいに言う。


でも。


その空気が楽しかった。


駅前の百均。


同じ学校の生徒もかなりいる。


「文化祭前って感じ」


栞が小さく言う。


買い物かご。


文房具コーナー。


お菓子コーナー。


その全部が、妙に特別に感じる。


「みなと」


「ん?」


「これどう?」


栞が猫柄の紙コップを見せてくる。


「喫茶店って感じしない」


「可愛いのに」


少し拗ねた顔。


その反応が、かなり可愛い。


「……じゃあ少しだけ」


「やった」


かなり嬉しそうだった。


結局、猫柄になった。


外へ出る。


空は少し暗くなり始めている。


袋を分けて持つ。


「重くない?」


栞が聞く。


「平気」


「ほんと?」


「これくらいなら」


すると。


栞が少しだけこちらを見る。


「なんか今、ちょっとかっこよかった」


その瞬間。


湊は少し止まる。


「……急だな」


「思ったから」


最近、本当にその返しが増えた。


でも。


その度にちゃんと嬉しい。


帰り道。


夕方から夜へ変わる空。


街灯が少しずつ点き始める。


「文化祭楽しみ?」


栞が聞く。


湊は少し考える。


文化祭そのものというより。


“栞と過ごす文化祭”が楽しみだった。


「……かなり」


そう返すと、栞は少し笑う。


「便利だね、その言葉」


「全部入るから」


「じゃあ私も」


栞が少しだけこちらを見る。


かなり優しい目だった。


「みなとといる文化祭、かなり楽しみ」


その言葉が、真っ直ぐ胸へ入ってくる。


秋の風。


夜の匂い。


好きな人の声。


その全部が、かなり心地よかった。


駅が見えてくる。


電車の音。


少し冷たい夜風。


「ねえ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「今年の秋も、ちゃんと特別になりそうだね」


その言葉に、湊は少し空を見る。


夏は終わった。


でも。


隣に栞がいるだけで、次の季節もちゃんと楽しみだった。


「……うん」


自然に、そう答えていた。

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