第84話 席替え
九月。
二学期二日目。
朝。
まだ暑い。
でも、八月の頃より少しだけ風が軽い。
教室の窓から入ってくる空気にも、ほんの少しだけ秋が混ざり始めていた。
「席替えかぁ……」
倉田が朝からかなり嫌そうな顔をしている。
「最悪」
藤堂も机へ突っ伏した。
「今の席神なのに」
教室のあちこちから、そんな声が聞こえる。
もちろん。
朝比奈湊も、かなり落ち着かなかった。
理由は簡単だ。
隣。
栞。
夏休み前からずっと隣だった。
それが当たり前になりすぎていた。
「みなと」
小さい声。
「ん?」
栞が少しだけこちらを見る。
「なんか今日静か」
「席替え嫌」
かなり正直だった。
すると。
栞が少し笑う。
「私も」
その一言だけで、少し救われる。
「離れたらどうする?」
栞が小さく聞く。
「……毎日後ろ向く」
「怖い」
かなり楽しそうだった。
でも。
その笑顔を見ると、少し緊張が和らぐ。
一時間目。
授業。
……のはずなのに、教室全体が席替えのことでそわそわしていた。
「朝比奈」
藤堂が振り向く。
「何」
「お前、絶対雨宮さんと離れたくないだろ」
かなりニヤついている。
「うるさい」
「否定しない」
倉田が笑う。
三橋は静かに問題集を開きながら言った。
「でも実際、隣固定感ある」
その言葉に、湊は少しだけ隣を見る。
栞も、こちらを見ていた。
目が合う。
少し笑う。
その瞬間。
“離れたくない”って気持ちが、ちゃんと本物なんだと分かった。
昼休み。
席替えは放課後に決まった。
そのせいで、教室全体が落ち着かない。
「運だよなぁ」
「後ろだけは嫌」
「窓側がいい」
みんなかなり真剣だった。
「みなと」
「ん?」
栞が小さい声で言う。
「もし離れても、ちゃんと帰るからね」
その言葉が、妙に胸へ残る。
教室で隣じゃなくなっても。
放課後は変わらない。
そう思うと、少し安心した。
「……帰る」
湊が言う。
栞は少し嬉しそうに笑った。
放課後。
ついに席替え。
くじ。
教室がかなり騒がしい。
「終わったー!」
「やば!」
「神席!」
色んな声が飛び交う。
湊は紙を見る。
……後ろから二列目。
悪くない。
問題は。
「栞」
反射的に探す。
そして。
少し止まる。
二列横。
少し離れた。
でも。
かなり遠い訳じゃない。
「……どう?」
栞がこちらへ来る。
「まあ、ギリ」
「ギリなんだ」
栞が笑う。
でも。
その笑顔は少し安心した感じだった。
「もっと遠いかと思った」
湊が言う。
「私も」
少し沈黙。
それから。
栞が小さく笑った。
「みなと、ちょっと寂しそう」
かなり図星だった。
「……まあ」
正直に認める。
すると。
栞が少しだけ目を細めた。
「なんか嬉しい」
その反応が、かなりずるい。
新しい席。
座る。
たしかに、少し違和感がある。
隣に栞がいない。
それだけで、教室の景色が少し変わった。
でも。
ふと横を見ると、栞もこちらを見ていた。
目が合う。
小さく手を振られる。
その瞬間、少し笑ってしまう。
「お前ら離れても変わんねえな」
藤堂が呆れた顔をしていた。
帰り道。
夕方。
少し涼しい風。
「どうだった、新しい席」
栞が聞く。
「まあ、悪くない」
「ほんと?」
「……ちょっと寂しいけど」
そう言うと、栞は少し止まる。
それから。
かなり嬉しそうに笑った。
「私も」
その声が、かなり柔らかい。
駅までの道。
夕焼け。
少し秋っぽい空。
でも。
二人の空気は変わらない。
「ねえ」
栞が小さく言う。
「ん?」
「離れて分かった」
「何が?」
栞は少しだけこちらを見る。
かなり優しい目だった。
「やっぱり、みなと隣にいるの好き」
その言葉が、真っ直ぐ胸へ入ってくる。
湊は少しだけ息を吐く。
それから、小さく笑った。
「……俺も」
本当に。
教室で隣にいるだけで、安心していたんだと思う。
風が吹く。
夕方の匂い。
夏と秋の間みたいな空気。
その中を、二人で並んで歩く。
「でも」
栞が少し笑う。
「帰りは隣だね」
その言葉に、湊も少し笑った。
「……かなり」
またその言葉。
でも。
今日は、その“かなり”が妙にしっくりきた。




