第83話 二学期の始まり
九月。
始業式の日。
朝。
久しぶりの制服。
久しぶりの早起き。
夏休み中ずっと夜更かししていたせいで、かなり眠かった。
朝比奈湊は、駅までの道を歩きながら小さく欠伸をする。
空気が少し違う。
まだ暑い。
でも。
八月より、ほんの少しだけ風が軽かった。
「みなと」
声。
振り向く。
栞。
制服姿。
夏休み中は私服ばかり見ていたせいか、妙に新鮮だった。
「……制服、久しぶり」
思わずそう言う。
栞は少し笑った。
「たしかに」
そして。
少しだけこちらを見ながら続ける。
「でも、みなと制服似合う」
その瞬間。
朝から心臓が少し跳ねる。
「急だな」
「思ったから」
最近、本当にお互い隠さなくなってきている。
でも。
その空気がかなり心地いい。
電車。
久しぶりの通学時間。
眠そうな学生。
同じ制服。
夏休みが終わった空気。
「夏休み終わっちゃったね」
栞が小さく言う。
「早かった」
「かなり」
今度は栞がその言葉を使う。
湊は少し笑った。
「便利だろ」
「便利」
二人で少し笑う。
学校。
校門。
久しぶりの校舎。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「うわー学校だ」
藤堂が昇降口で騒いでいる。
「現実」
倉田が死んだ顔をしていた。
三橋は相変わらず落ち着いている。
「宿題終わった?」
藤堂が聞く。
「ギリ」
「朝比奈、絶対危なかっただろ」
かなり鋭い。
「栞が助けてくれた」
反射でそう言ってしまう。
その瞬間。
周りが少し止まる。
「……はいはい」
藤堂がニヤつく。
「夏休みも仲良しかよ」
「うるさい」
でも。
その空気すら、少し楽しかった。
教室。
久しぶり。
でも。
席へ座ると、すぐ落ち着く。
窓の外。
まだ少し夏っぽい空。
セミの声も残っている。
「なんか変な感じ」
栞が言う。
「何が?」
「夏休み終わったのに、普通に隣いる」
その言葉に、湊は少し笑った。
「当たり前だろ」
そう返すと、栞も少し笑う。
その顔を見るだけで、胸の奥が温かくなる。
始業式。
体育館。
暑い。
かなり暑い。
「学校って感じ」
栞が小さく言う。
「悪い意味でな」
二人で少し笑う。
校長先生の話。
夏休みの事故注意。
二学期の話。
でも。
久しぶりにみんなで集まってる空気が、少しだけ懐かしかった。
教室へ戻る。
ホームルーム。
席替えの話が出た瞬間、教室がざわつく。
「えっ」
藤堂が叫ぶ。
「待ってそれは聞いてない」
「最悪」
かなり騒がしい。
湊は、反射的に隣を見る。
栞もこちらを見ていた。
数秒。
それから。
二人とも少し笑う。
「離れたらどうする?」
栞が小さい声で言う。
「……嫌だな」
本音だった。
すると。
栞が少しだけ嬉しそうに笑った。
「私も」
その空気が、妙に愛しかった。
昼休み。
久しぶりの学食。
騒がしい空気。
友達の声。
全部が、“学校”だった。
「夏休み何した?」
藤堂が聞いてくる。
「海」
「花火」
倉田が答える。
「朝比奈は?」
嫌な予感。
「普通」
「絶対嘘」
かなり即答だった。
「雨宮さんと海行ったろ」
「なんで知ってる」
「顔」
最近ほんとそればっかだ。
でも。
栞が少し笑っているから、もうどうでもよかった。
放課後。
久しぶりの“学校帰り”。
夕方の教室。
オレンジ色の光。
その景色が、かなり懐かしかった。
「帰ろ」
栞が言う。
「うん」
昇降口。
校門。
駅までの道。
夏休み中も何回も歩いた道。
でも。
制服で歩くと、また少し違う。
「なんか安心する」
栞が小さく言う。
「学校?」
「ううん」
そして。
少し照れながら笑った。
「みなとと帰るの」
その瞬間。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
湊は少しだけ空を見る。
夕方の空。
少しだけ秋に近づいた色。
でも。
隣に栞がいる景色は、夏休みの時と変わらなかった。
「……俺も」
自然にそう返していた。
風が吹く。
少しだけ涼しい。
夏は終わり始めている。
でも。
この時間は、まだ終わらない気がした。
駅が見えてくる。
夕方のホーム。
電車が来る。
二人で並んで乗る。
「ねえ」
栞が小さく言う。
「ん?」
「二学期も、いっぱい思い出作ろうね」
その言葉が、静かに胸へ沁みる。
湊は少し笑った。
「……かなり」
またその言葉。
でも。
今の自分たちには、それだけで十分だった。




