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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第81話 夏の終わりの花火

八月後半。


夜。


夏祭りの時とは違う、小さな花火大会の日だった。


規模はそこまで大きくない。


でも。


地元の人たちが集まる、夏の終わりみたいな花火大会。


朝比奈湊は川沿いの道を歩きながら、小さく空を見上げる。


夜風。


少し涼しい空気。


八月の終わりが近づいている匂いがした。


「みなと」


声。


振り向く。


栞。


今日は浴衣じゃない。


白いブラウスに、淡い色のスカート。


でも。


夜の光の中で、その姿はやっぱり綺麗だった。


「こんばんは」


栞が笑う。


「こんばんは」


なんか。


“夜に会う”ってだけで、今でも少し特別だった。


「ちょっと涼しいね」


栞が言う。


「夏終わりそう」


その言葉に、少しだけ胸がざわつく。


本当に。


夏が終わろうとしていた。


川沿い。


人はそこそこ多い。


屋台も少しだけ出ている。


焼きそば。


かき氷。


綿あめ。


夏祭りほど派手じゃない。


でも。


その“少し寂しい感じ”が、妙に好きだった。


「何食べる?」


湊が聞く。


栞は少し考える。


「ラムネ飲みたい」


「夏っぽい」


「今日で最後っぽいから」


その言葉が、少しだけ胸へ残る。


屋台でラムネを買う。


瓶の音。


夜風。


その全部が、夏の終わりって感じだった。


「開けられる?」


栞が聞く。


「できる」


ビー玉が落ちる音。


その瞬間。


栞が少し嬉しそうに笑った。


「なんか好き、この音」


ラムネを飲む。


少し強い炭酸。


甘い味。


でも。


それ以上に、隣に栞がいることが嬉しかった。


「みなと」


「ん?」


「今年の夏、いっぱい遊んだね」


その言葉に、湊は少し笑う。


「かなり」


海。


花火。


夜の散歩。


宿題。


雨の日。


思い返すだけで、色んな景色が浮かぶ。


そして、その全部に栞がいる。


「高校生って感じだった」


栞が笑う。


「またそれ」


「でもほんとだから」


夜風が吹く。


栞の髪が少し揺れる。


その横顔が、かなり綺麗だった。


「ねえ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「夏休み終わったら、ちょっと寂しいかも」


その声は、少しだけ静かだった。


湊は少し考える。


たしかに。


今みたいに毎日は会えなくなる。


でも。


学校が始まれば、また教室で会える。


放課後もある。


帰り道もある。


「……でも学校でも会えるだろ」


そう返す。


栞は少しだけこちらを見る。


それから。


かなり柔らかく笑った。


「うん」


その笑顔を見た瞬間、胸の奥が少し温かくなる。


花火が上がるまで、少し時間がある。


二人で川沿いを歩く。


夜。


虫の声。


遠くのざわめき。


その全部が、ゆっくり流れていく。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらへ近づく。


肩が軽く触れる。


「今年の夏、一番好きだった日っていつ?」


その質問に、湊は少し止まる。


難しい。


海もよかった。


夜の散歩も好きだった。


でも。


やっぱり。


「……夏祭りの日」


自然にそう答えていた。


栞は少しだけ目を丸くする。


それから。


少し照れながら笑った。


「私も」


その瞬間。


あの日の花火が頭へ蘇る。


浴衣。


夜風。


キス。


全部。


「みなと」


「ん?」


栞が少し俯きながら言う。


「……あの日から、もっと好きになった」


その言葉が、静かに胸へ沁みる。


湊は少しだけ息を吐いた。


それから、小さく笑う。


「……俺も」


本当に。


あの日から、何かが少し変わった気がしている。


もっと自然に触れたくなる。


もっと一緒にいたくなる。


そんな気持ちが、少しずつ増えていた。


その時。


遠くで、大きな音が響く。


花火。


夜空へ光が開く。


赤。


青。


金色。


川へ反射して、かなり綺麗だった。


「……綺麗」


栞が小さく呟く。


その横顔を見る。


花火の光が、瞳へ映っていた。


本当に綺麗だった。


「みなと?」


視線に気づいた栞がこちらを見る。


近い。


かなり。


でも。


今日は、不思議と自然だった。


湊はゆっくり手を伸ばす。


栞の手を握る。


栞も、自然に握り返してくれる。


夜風。


花火の音。


夏の終わりの匂い。


その全部が、少し切なくて、かなり愛しかった。


「ねえ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「来年も、一緒に見ようね」


その言葉が、真っ直ぐ胸へ入ってくる。


湊は少しだけ夜空を見る。


花火が、また大きく開いた。


それから。


小さく笑う。


「……かなり」


またその言葉。


でも。


今日は、その“かなり”に、“これからも”って意味まで全部入っていた。

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