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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第77話 突然の雨

夏休み。


七月後半。


昼過ぎ。


空は朝から少し曇っていた。


でも、暑さは相変わらずだ。


セミの声。


重たい空気。


夏特有の湿気。


朝比奈湊は駅前で空を見上げながら、小さく息を吐く。


今日は栞と映画へ行く約束をしていた。


夏休みに入ってから、会う頻度がかなり増えている。


でも。


未だに待ち合わせは少し緊張した。


「みなと」


声。


振り向く。


栞。


今日は少しラフな格好だった。


大きめの白いシャツ。


細めのデニム。


髪は軽くまとめている。


夏っぽい。


そして、かなり可愛い。


「おはよう」


「もう昼」


「最近それ多いな」


栞が笑う。


その笑顔を見るだけで、胸の奥が少し温かくなる。


「なんか降りそう」


栞が空を見る。


灰色の雲。


たしかに怪しい。


「映画館入れば平気だろ」


「たしかに」


二人で少し笑う。


映画館。


夏休みだから、人はかなり多かった。


学生。


カップル。


家族連れ。


ポップコーンの匂い。


冷房の涼しさ。


全部が、夏休みの景色だった。


「何飲む?」


湊が聞く。


「カフェオレ」


「いつもそれ」


「好きだから」


その返しが、なんか栞っぽかった。


映画が始まる。


館内が暗くなる。


静かな空間。


隣には栞。


その距離だけで、少し落ち着かなくなる。


途中。


少し怖いシーンで、栞の肩がぴくっと動いた。


その瞬間。


湊は少し笑ってしまう。


「……何」


小さい声。


「いや、意外と怖がるなって」


「びっくりしただけ」


少し拗ねた声。


その感じが、かなり可愛い。


映画が終わる頃には、外はかなり暗くなっていた。


館内を出る。


その瞬間。


「うわ」


栞が声を漏らす。


外。


かなりの雨だった。


突然の土砂降り。


道路が白く見えるくらい強い。


「夏って感じ」


湊が言う。


「嫌な感じの方」


栞が少し笑う。


でも。


どこか楽しそうだった。


映画館の入口。


雨宿りしてる人も多い。


「どうする?」


湊が聞く。


「ちょっと待つ?」


栞が外を見る。


雨はかなり強い。


しばらく止みそうにない。


「コンビニまで走る?」


「濡れる」


「もう半分夏休みだし」


「意味分かんない」


二人で笑う。


でも。


その空気がかなり楽しかった。


結局。


少しだけ雨が弱くなったタイミングで、コンビニまで走ることになった。


「行くぞ」


「うん」


走る。


夏の雨。


濡れたアスファルト。


水の音。


途中で、また強くなる。


「ちょ、待って!」


栞が笑いながら言う。


でも。


その声も、雨音に混ざっていく。


コンビニへ飛び込む。


「……はぁ」


栞が息を切らす。


髪が少し濡れていた。


シャツの袖も濡れている。


でも。


その姿が妙に綺麗だった。


「濡れた」


栞が笑う。


「かなり」


湊も髪から水が落ちている。


二人とも少し濡れていた。


でも。


不思議と嫌じゃなかった。


コンビニ。


冷房。


夏の雨の匂い。


その全部が混ざっている。


「タオル買う?」


湊が聞く。


「いる」


二人で小さいタオルを買う。


コンビニ前。


まだ雨は降っている。


でも、さっきよりは弱い。


「なんか」


栞が髪を拭きながら言う。


「ん?」


「青春っぽい」


またそれだ。


でも。


今日はかなり分かる。


突然の雨。


好きな人と走る帰り道。


濡れた髪。


夏の匂い。


全部、青春っぽかった。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらを見る。


「今日、ちょっと楽しい」


その声が、かなり柔らかい。


湊は少し笑った。


「雨なのに?」


「雨だからかも」


その返しが、妙に栞らしかった。


少し沈黙。


でも。


雨音が、その空気を埋めてくれる。


「ねえ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「髪、跳ねてる」


かなり楽しそうな顔。


「栞も」


「ほんと?」


「かなり」


栞は少し笑う。


その笑顔を見るだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。


雨は、少しずつ弱くなっていった。


外へ出る。


空気が少し冷たい。


夏の雨のあと特有の匂い。


「涼しい」


栞が小さく言う。


「生き返る」


駅までの道。


濡れた道路。


街灯が反射している。


その景色が、妙に綺麗だった。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらへ近づく。


肩が軽く触れる。


「今日、なんか映画より覚えてるかも」


その言葉に、湊は少し笑った。


「雨の方?」


「うん」


たしかに。


映画の内容より。


雨の中走ったこととか。


濡れた髪とか。


コンビニ前で笑ったことの方が、ずっと記憶に残りそうだった。


「……俺も」


そう返すと、栞は少し嬉しそうに笑った。


駅へ着く。


電車が来るまで、少し時間がある。


ホーム。


湿った夜風。


雨上がりの匂い。


「ねえ、みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらを見る。


かなり優しい目だった。


「こういう夏、好き」


その言葉が、静かに胸へ沁みる。


湊は少し笑った。


「……俺も」


本当に。


今の毎日が、信じられないくらい愛しかった。

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