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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第71話 夏休みの始まり

夏休み一日目。


朝。


目が覚めた瞬間。


朝比奈湊は、しばらく天井を見ていた。


静かだった。


学校がない朝。


アラームを気にしなくていい時間。


その感覚が、少し不思議だった。


スマホを見る。


時刻は九時過ぎ。


通知。


『おはよう』


栞から。


それだけで、自然に口元が緩む。


『おはよう』


返信すると、すぐ既読がついた。


『夏休みって感じしない』


そのメッセージに、湊は少し笑う。


『分かる』


『でも嬉しい』


短いやり取り。


でも。


それだけで朝から少し幸せだった。


窓の外。


青空。


セミの声。


夏の光。


本当に、夏が始まったんだと思う。


昼前。


『暇?』


栞からメッセージ。


湊は少しだけ笑った。


『まあ』


数秒後。


『会う?』


その四文字だけで、心臓が少し跳ねる。


夏休み一日目。


好きな人から“会う?”って来る。


それだけで、かなり特別だった。


『会う』


即答。


『駅前で』


『うん』


夏休みなのに。


いや、夏休みだからこそ。


制服じゃない待ち合わせが、少し新鮮だった。


昼。


駅前。


かなり暑い。


アスファルトから熱気が上がっている。


でも。


その暑さすら、今日は少し楽しい。


「みなと」


声。


振り向く。


栞。


白い半袖。


薄いスカート。


夏っぽい私服。


その姿を見た瞬間、また少し心臓がうるさくなる。


「……おはよう」


「もう昼」


栞が笑う。


その笑顔を見るだけで、胸の奥が温かくなる。


「夏休み一日目なのに会ってる」


栞が言う。


「まあ」


「なんか嬉しい」


その小さい声が、かなり愛しかった。


特に予定は決めていなかった。


でも。


それが逆によかった。


本屋へ寄って。


雑貨屋を見て。


コンビニで飲み物を買って。


ただ並んで歩く。


そんな時間が、妙に楽しい。


「暑い」


栞が小さく言う。


「アイス食べる?」


「食べる」


コンビニでアイスを買う。


今日は別々。


でも。


その“別々”に少し安心してしまう自分がいた。


「みなと」


「ん?」


「この前、アイスめっちゃ意識してたよね」


かなり楽しそうな顔。


「……うるさい」


「分かりやすすぎた」


完全に遊ばれている。


でも。


その感じが嫌じゃなかった。


公園。


木陰のベンチ。


少しだけ風がある。


セミの声。


遠くで聞こえる子供の声。


夏休みの昼って感じだった。


「夏休み、何したい?」


栞がアイスを食べながら聞く。


湊は少し考える。


海。


花火。


映画。


色々ある。


でも。


一番最初に出てきた答えは、かなり単純だった。


「……栞といっぱい会いたい」


言ったあとで、少し照れる。


でも。


栞は少しだけ目を丸くして。


それから。


かなり嬉しそうに笑った。


「それ、私も」


その笑顔が、本当にずるい。


風が吹く。


栞の髪が少し揺れる。


木漏れ日。


夏の匂い。


その景色が、妙に綺麗だった。


「ねえ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「夏休みって、もっとキラキラしてると思ってた」


その言葉に、湊は少しだけ首を傾げる。


「今は違う?」


栞は少し笑った。


「いや」


そして。


かなり優しい目で、こちらを見る。


「思ってたより、もっと好き」


その言葉が、静かに胸へ落ちる。


たぶん。


自分も同じだった。


もっと特別なイベントが必要だと思っていた。


でも。


ただ会って。


話して。


並んで歩くだけで、こんなに幸せになれる。


それを、最近ずっと知っていく。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらへ近づく。


肩が軽く触れる。


「今日、なんか静か」


「落ち着いてるだけ」


「ほんと?」


栞が少し笑う。


「今、ちょっと見てた」


「……見てた」


「やっぱり」


最近、本当に隠せない。


でも。


栞はその反応を、かなり嬉しそうに見る。


その顔を見ると、もうどうでもよくなった。


夕方。


空が少しオレンジ色になる。


昼より少し涼しい風。


「夏休み、一日目終わるね」


栞が言う。


「早いな」


「でも、まだいっぱいある」


その言葉に、胸の奥が少し高鳴る。


まだ始まったばかり。


この夏は、きっと長い。


そして。


その時間を、栞と過ごせる。


それだけで、かなり幸せだった。


駅へ向かう道。


夕焼け。


セミの声。


少し汗ばんだ空気。


その全部が、青春って感じだった。


「みなと」


「ん?」


栞が少し照れながら笑う。


「夏休み一日目、成功だね」


その言葉に、湊も少し笑った。


「かなり」


またその言葉。


でも。


今日は、その“かなり”に全部詰まっていた。


電車が来る。


二人で乗る。


窓の外には、夏の夕暮れ。


その景色を見ながら、湊は思う。


きっと、この夏の全部が。


いつか大事な思い出になるんだろうなと。

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