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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第70話 終業式のあと

終業式の日。


七月。


朝から、教室の空気はかなり浮ついていた。


「夏休みだー!!」


藤堂が朝から叫んでいる。


「まだ終業式前」


三橋が冷静に返す。


倉田は机へ突っ伏しながら笑った。


「でももう勝ちだろ」


教室中が、どこか落ち着かない。


夏休み前特有の空気。


それだけで、少し特別だった。


朝比奈湊は席へ座りながら、小さく笑う。


窓の外。


青空。


セミの声。


もう完全に夏だった。


「おはよう、みなと」


隣。


栞。


今日も自然に名前を呼ばれる。


「おはよう」


栞は席へ座りながら、小さく息を吐いた。


「ついに夏休みだね」


「かなり早かった」


入学式。


文化祭。


放課後。


夏祭り。


色んなことがあった。


でも。


振り返ると、本当にあっという間だった。


「みなと」


「ん?」


「高校、楽しい?」


その質問に、湊は少しだけ止まる。


でも。


答えは、もう決まっていた。


「かなり」


そう返すと、栞は少し嬉しそうに笑った。


終業式。


体育館。


暑い。


かなり暑い。


校長先生の話も、ほとんど頭へ入ってこない。


「長い……」


後ろで藤堂が小さく呟く。


その声に、少し笑いそうになる。


周りを見れば、みんな同じ顔をしていた。


でも。


その空気すら、今は少し好きだった。


終業式が終わる。


教室へ戻る。


通知表。


夏休みの注意。


先生の話。


全部が、“夏休み前”って感じだった。


「はい、事故起こすなよー」


山崎が言う。


「宿題もやれよー」


教室から適当な返事。


もうみんな心は夏休みだった。


「じゃ、解散」


その瞬間。


教室が一気に騒がしくなる。


「海!」


「カラオケ!」


「バイト!」


夏休みの予定が飛び交う。


その空気を聞きながら、湊は少しだけ窓の外を見る。


強い夏の日差し。


青空。


たぶん。


人生で一番、“青春してる”って感じがした。


「みなと」


栞が小さく言う。


「ん?」


「帰ろ」


「うん」


夏休み初日の帰り道。


それだけなのに、少し特別だった。


昇降口。


外へ出る。


かなり暑い。


でも。


風が少しだけ気持ちいい。


「夏休みかー」


栞が空を見ながら言う。


「実感ない」


「分かる」


駅までの道。


いつもの帰り道。


でも。


制服で歩く“最後の一学期の帰り道”だった。


「ねえ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「一学期、どうだった?」


その質問に、湊は少し考える。


入学した頃。


友達もいなかった。


普通になれる自信もなかった。


でも。


今は。


教室が好きだ。


放課後が好きだ。


友達と騒ぐ時間も好きだ。


そして。


栞と一緒にいる時間が、何より好きだった。


「……かなりよかった」


自然にそう言っていた。


栞は少しだけ笑った。


「私も」


その笑顔が、夏の光の中でかなり柔らかかった。


「文化祭、懐かしいね」


栞が言う。


「まだ数ヶ月前なのに」


「あそこから全部変わった」


たしかに。


あの日から、自分たちは少しずつ近づいた。


放課後。


帰り道。


遊園地。


夏祭り。


そして。


キス。


その全部が、今へ繋がっている。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらを見る。


「二学期も、いっぱい思い出作ろうね」


その言葉が、静かに胸へ落ちる。


二学期。


体育祭。


文化祭の後夜祭。


秋。


冬。


まだまだ、これからだ。


「……うん」


湊は小さく頷く。


本当に。


まだ始まったばかりなんだと思った。


駅へ着く。


でも。


今日は、なんとなく帰りたくなかった。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけ笑う。


「今日、まだ時間ある?」


その瞬間。


胸の奥が少し熱くなる。


「……ある」


即答だった。


栞は少し嬉しそうに笑った。


「じゃあ、ちょっと寄り道しよ」


夏休み初日。


昼過ぎの街。


強い日差し。


セミの声。


その全部が、少しキラキラして見える。


二人で並んで歩く。


制服。


少し汗ばむ空気。


でも。


その時間が、かなり幸せだった。


「なんかさ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「夏休みって、始まる前が一番楽しい感じする」


湊は少し笑った。


「分かる」


これから、何があるんだろう。


海。


花火。


夜の電話。


夏の放課後。


そんなことを考えるだけで、少し胸が高鳴る。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらへ近づく。


そして。


かなり自然に、手を繋いできた。


その瞬間。


湊は少しだけ目を丸くする。


でも。


すぐに握り返した。


「……夏休みだね」


栞が小さく笑う。


その声が、かなり嬉しそうだった。


湊も少し笑う。


「うん」


空は、どこまでも青かった。


そして湊は思う。


“普通の恋”。


最初は、それだけでよかった。


でも今は。


この夏を、栞と一緒に過ごせることが。


何より幸せだった。

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