第69話 夜のコンビニ
金曜日。
七月。
終業式まで、あと少し。
教室の空気も、かなり夏休み前モードになっていた。
「あと三日!」
藤堂が朝からうるさい。
「夏休み!」
「まだ授業ある」
三橋が冷静に返す。
倉田は机へ突っ伏しながら呟いた。
「もう心は夏休み」
教室に笑い声。
その空気を聞きながら、朝比奈湊も少し笑った。
最近、本当に毎日が楽しい。
学校へ来て。
友達と騒いで。
栞と話して。
放課後、一緒に帰る。
そんな“普通”が、今の自分には何より特別だった。
「おはよう、みなと」
隣。
栞。
今日も自然に名前を呼ばれる。
「おはよう」
栞は席へ座りながら、小さく笑った。
「今日ちょっと眠い」
「昨日遅かった?」
「うん。勉強してた」
「偉いな」
「みなとと違って」
「ひどい」
二人で少し笑う。
その空気が、かなり落ち着く。
一時間目。
授業。
窓の外ではセミが鳴いていた。
もう完全に夏だ。
「みなと」
小さい声。
「ん?」
「今日、帰りちょっと寄り道しない?」
その言葉に、湊は少しだけ止まる。
「寄り道?」
「うん。コンビニ」
かなり普通。
でも。
栞がそういう小さい寄り道を提案してくるの、結構好きだった。
「いいよ」
そう返すと、栞は少し嬉しそうに笑った。
昼休み。
今日は女子たちが夏祭りの話で盛り上がっていた。
「浴衣暑かったー」
「でも写真盛れた」
「花火綺麗だったよね」
その会話を聞きながら、湊は少しだけ栞を見る。
栞も、少しだけこちらを見ていた。
目が合う。
少し笑う。
それだけで、夏祭りの夜が頭へ蘇る。
花火。
キス。
夜風。
「みなと」
栞が小さく言う。
「ん?」
「今、絶対思い出した」
かなり鋭い。
「……仕方ないだろ」
「顔に出てる」
最近、本当に全部読まれている。
放課後。
今日は特に寄り道する予定もない。
でも。
“コンビニ寄ろ”。
その約束だけで、少し楽しみだった。
夕方。
教室を出る。
オレンジ色の光。
少し涼しくなり始めた風。
「今日ちょっと涼しいね」
栞が言う。
「昼との差やばい」
駅までの道。
いつもの帰り道。
でも。
今日は少し遠回りして、駅前じゃないコンビニへ向かう。
「なんか久しぶり」
湊が言う。
「何が?」
「こういう寄り道」
付き合う前。
文化祭前。
コンビニへ寄ったり、本屋へ寄ったり。
そんな小さい時間が増えて、今に繋がった。
栞は少し笑った。
「たしかに」
コンビニ。
冷房がかなり気持ちいい。
「生き返る」
栞が小さく息を吐く。
飲み物。
アイス。
お菓子。
なんとなく店内を回る。
その時間が、妙に楽しかった。
「みなと」
「ん?」
「アイス半分こする?」
その瞬間。
湊は少し止まる。
「……急だな」
「嫌?」
「嫌じゃない」
かなり心臓がうるさいだけだ。
結局、二人でアイスを一つ買う。
夜のコンビニ前。
少し湿った夏の空気。
そこへ並んで座る。
「高校生っぽい」
栞がアイスを開けながら言う。
「またそれ」
「でもほんとだから」
一口食べる。
冷たい。
かなり生き返る。
「はい」
栞がスプーンを差し出してくる。
その瞬間。
また心臓が跳ねる。
「……意識してる?」
栞が少し笑う。
「するだろ」
「みなと、ほんと分かりやすい」
かなり悔しい。
でも。
栞は楽しそうだった。
湊は少しだけ意識しながら、アイスを食べる。
甘い。
冷たい。
でも。
それ以上に落ち着かない。
「……おいしい?」
栞が聞く。
「うん」
そう返すと、栞は少し嬉しそうに笑った。
コンビニ前。
夜。
車の音。
少し湿った風。
その全部が、妙に青春っぽかった。
「ねえ」
栞が小さく言う。
「ん?」
「夏休み入ったら、もっと会えるかな」
その言葉が、静かに胸へ落ちる。
「会うだろ」
自然にそう返していた。
栞は少しだけ目を細めた。
「よかった」
少し沈黙。
でも、その静けさが心地いい。
「みなと」
「ん?」
栞がこちらを見る。
夜の光の中で、その目がかなり柔らかかった。
「最近、毎日楽しい」
その言葉が、真っ直ぐ胸へ入ってくる。
湊は少しだけ笑った。
「……俺も」
本当に。
今の毎日が、かなり好きだった。
アイスを食べ終わる。
でも。
なんとなく、まだ帰りたくない。
そんな空気だった。
「もうちょい歩く?」
湊が言う。
栞は少しだけ嬉しそうに笑った。
「うん」
夜道。
街灯。
夏の風。
二人で並んで歩く。
その時間が、妙に愛しかった。
「みなと」
「ん?」
栞が少しだけこちらへ近づく。
肩が軽く触れる。
「今日、なんか落ち着く」
その小さい声が、かなり優しい。
湊は少しだけ空を見る。
夜空。
薄い雲。
夏の匂い。
その全部が、今は少し特別に感じた。
恋って、多分。
こういう何でもない夜まで、忘れられない景色に変えてしまうんだと思った。




