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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第67話 次の日の教室

月曜日。


七月。


朝。


目が覚めた瞬間。


朝比奈湊は、布団の中でしばらく動けなかった。


理由は、考えるまでもない。


夏祭り。


花火。


そして。


キス。


思い出した瞬間、心臓が一気にうるさくなる。


「……無理だろ」


思わず呟く。


昨日の夜も、結局かなり寝るのが遅くなった。


メッセージを何度も開いて。


写真を見返して。


思い出して。


その度に落ち着かなくなる。


スマホを見る。


通知。


『おはよう』


栞からだった。


短い一言。


でも。


その四文字だけで、また心臓が跳ねる。


しかも。


数秒後。


『今日、ちょっと緊張する』


そのメッセージを見て、湊は思わず顔を覆った。


自分だけじゃない。


それだけで少し救われる。


『俺も』


そう返す。


すると。


『かなり?』


またそれだ。


湊は少し笑う。


『かなり』


改札前。


朝の空気は、もう完全に夏だった。


暑い。


でも。


それ以上に落ち着かない。


昨日までとは、また少し違う。


“キスした”。


その事実が、頭から離れない。


「みなと」


声。


振り向く。


栞。


制服姿。


いつもの栞。


なのに。


今日は少しだけ違って見える。


たぶん、自分のせいだ。


「……おはよう」


やっとそれだけ言う。


栞も少しだけ照れながら笑った。


「おはよう」


数秒。


沈黙。


かなり気まずい。


でも。


嫌な感じじゃない。


ただ、お互い意識しすぎている。


「……暑いね」


栞が言う。


「うん」


会話がぎこちない。


すると。


栞が少しだけ笑った。


「みなと、今かなり変」


「栞も」


「分かる」


二人で少し笑う。


その瞬間、少しだけ緊張がほどけた。


電車へ乗る。


今日は混んでいた。


並んで立つ。


でも。


距離が近いだけで、昨日を思い出してしまう。


「……」


「……」


また沈黙。


かなり危ない。


すると。


「みなと」


栞がかなり小さい声で言った。


「ん?」


「昨日のこと、ずっと考えてた」


その瞬間。


心臓が、本気で跳ねる。


「……俺も」


やっと返す。


栞は少しだけ俯いた。


耳が赤い。


多分、自分も同じだった。


学校へ向かう道。


朝日。


登校する生徒たち。


その中を、二人で歩く。


でも。


今日は、空気が少し違う。


前よりもっと近い。


でも、その分、意識してしまう。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらを見る。


「……昨日、嬉しかった」


小さい声。


でも。


真っ直ぐだった。


その言葉が、静かに胸へ沁みる。


「……俺も」


それだけ言うのが、精一杯だった。


教室。


ドアを開ける。


いつもの騒がしい空気。


……のはずだった。


「お」


藤堂。


嫌な予感。


「何その空気」


最悪だ。


倉田もこちらを見る。


三橋は少しだけ目を細めた。


「なんかあった?」


鋭い。


かなり鋭い。


「別に」


湊が即答する。


でも。


藤堂がにやっとした。


「朝比奈、お前今日ずっと顔赤くね?」


終わった。


「暑いから」


「雨宮さんもだけど?」


完全に見抜かれている。


栞は少しだけ視線を逸らした。


その反応が、余計に怪しい。


「……え?」


藤堂が止まる。


それから。


「お前らまさか」


「黙れ」


かなり早かった。


でも。


その反応だけで、ほぼ答えになっている。


倉田が吹き出す。


三橋は小さく苦笑した。


「分かりやすすぎる」


教室に笑い声。


湊は本気で机へ突っ伏したくなった。


一時間目。


授業。


当然、集中できる訳がない。


隣を見る。


栞も少し落ち着かない感じだった。


でも。


目が合うと、小さく笑う。


その笑顔を見るだけで、胸が熱くなる。


「みなと」


小声。


「ん?」


栞が少しだけこちらへ近づく。


そして。


「……今、昨日思い出したでしょ」


その瞬間。


湊は完全に止まる。


「なんで分かる」


「顔」


かなり悔しい。


でも。


栞も少し赤くなっていた。


つまり。


多分、同じことを考えている。


昼休み。


今日は、二人とも少し静かだった。


でも。


その静けさが嫌じゃない。


むしろ。


昨日の余韻を、ちゃんと共有してる感じがした。


「ねえ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「なんか、前よりもっと好きかも」


その瞬間。


胸の奥が、じんわり熱くなる。


湊は少しだけ笑った。


「……急だな」


「ほんとに思ったから」


その顔が、かなり愛しかった。


放課後。


帰り道。


夕方の空。


夏の風。


セミの声。


全部が、昨日の続きみたいだった。


「みなと」


「ん?」


栞が少しだけこちらを見る。


かなり柔らかい目だった。


「昨日から、ずっと幸せ」


その言葉が、真っ直ぐ胸へ入ってくる。


湊は少しだけ息を吐く。


それから。


小さく笑った。


「……俺も」


本当に。


今、自分は。


信じられないくらい幸せだった。


駅が見えてくる。


夕方のホーム。


電車が来る。


二人で乗る。


今日は座れた。


並んで座る。


肩が軽く触れる。


その距離が、今はかなり愛しい。


窓の外には、夏の夕焼け。


その景色を見ながら、湊は思う。


“普通の恋”。


最初は、ただそれだけが欲しかった。


でも今は。


その“普通”が、世界で一番特別だった。

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