第60話 夏の入口
六月後半。
中間テスト最終日。
朝から教室の空気はかなり軽かった。
「終わる……!」
倉田が机へ突っ伏しながら叫ぶ。
「解放だ……」
藤堂はもう完全に祭り前みたいなテンションだった。
三橋だけは最後まで落ち着いている。
「まだ終わってないよ」
「お前だけ別世界」
教室に笑い声。
その空気を聞きながら、朝比奈湊は少しだけ笑った。
長かった。
勉強。
放課後の図書室。
眠い授業。
でも。
その全部も、結構悪くなかった。
「おはよう、みなと」
隣。
栞。
今日も自然に名前を呼ばれる。
「おはよう」
栞は席へ座りながら、小さく息を吐いた。
「終わるね」
「かなり長かった」
「みなと、途中から顔死んでた」
「数学が悪い」
栞が少し笑う。
その笑顔を見るだけで、少し疲れが飛ぶ。
ホームルーム。
山崎がプリントを配りながら言う。
「はい、テスト終わったら気抜きすぎんなよー」
教室から適当な返事。
もうみんな完全に解放モードだった。
「あと、夏休み前に三者面談あるからな」
その瞬間、教室から小さい悲鳴。
「現実!」
藤堂が騒ぐ。
「夏休みだけ見せろ!」
また笑い声。
でも。
“夏休み”。
その単語を聞いた瞬間。
教室の空気が少し変わった。
まだ少し先。
でも、ちゃんと近づいている。
夏。
一時間目。
最後のテスト。
静かな教室。
シャーペンの音。
ページをめくる音。
その中で、湊は問題を解きながら少しだけ考えていた。
入学してから、もうかなり時間が経った。
最初は。
ただ“普通”になりたかった。
教室で浮かないように。
ちゃんと高校生活を送りたかった。
でも。
今は、それ以上のものを手に入れている。
テスト終了。
先生が答案を集める。
その瞬間。
教室に一気に空気が戻った。
「終わったー!!」
藤堂が立ち上がる。
「夏!」
「まだ六月」
倉田が笑う。
湊も少しだけ息を吐いた。
終わった。
その解放感が、かなり気持ちいい。
「みなと」
栞が小さく言う。
「ん?」
「お疲れ」
その一言が、妙に嬉しかった。
「栞も」
栞は少し笑った。
その顔が、かなり柔らかい。
昼休み。
今日は完全にお祭り状態だった。
「帰りどっか行く?」
「カラオケ!」
「ゲーセン!」
教室がかなり騒がしい。
でも、その騒がしさが今は心地いい。
「朝比奈」
藤堂がにやにやしている。
「何」
「雨宮さんと夏祭り行くだろ」
「気が早い」
「でも行くんだろ?」
その質問に。
湊は少しだけ隣を見る。
栞も、こちらを見ていた。
目が合う。
少しだけ笑う。
「……まあ」
その返事だけで、教室が盛り上がる。
「青春!」
「お前絶対言うと思った」
でも。
夏祭り。
浴衣。
夜。
その景色を想像した瞬間、少しだけ胸が熱くなる。
放課後。
今日はクラスの何人かで駅前へ寄る流れになった。
ゲーセン。
ファストフード。
テスト終わりの解放感。
みんなかなりテンションが高い。
その中で。
湊は少しだけ後ろを歩く。
隣には栞。
その距離が、かなり自然だった。
「なんか」
栞が小さく言う。
「ん?」
「ほんと高校生って感じ」
湊は少し笑う。
「最近それ多いな」
「でも、ほんとだから」
ゲーセン。
うるさい音。
笑い声。
その全部が騒がしい。
でも。
その空気の中で、栞が楽しそうに笑っている。
その姿を見るだけで、湊も嬉しくなる。
「みなと」
「ん?」
「プリ撮る?」
その瞬間。
湊は少し止まる。
「……マジ?」
「嫌?」
「いや」
かなり恥ずかしい。
でも。
嫌じゃない。
むしろ、かなり嬉しい。
結局。
二人でプリクラを撮った。
ポーズが分からず、二人とも途中で笑ってしまう。
「みなと顔固い」
「無理だろこれ」
「高校生っぽい」
「便利だなほんと」
でも。
完成した写真を見た瞬間。
二人とも少し静かになった。
並んで笑っている。
距離が近い。
ちゃんと“恋人”って感じの写真だった。
「……なんか恥ずかしい」
栞が小さく言う。
「分かる」
でも。
かなり嬉しかった。
夕方。
みんなと別れて、駅へ向かう。
空は少しオレンジ色だった。
夏が近づいている色。
「ねえ」
栞が小さく言う。
「ん?」
「もうすぐ夏だね」
その言葉に、湊は少しだけ空を見る。
たしかに。
空気も。
風も。
景色も。
少しずつ変わっている。
「……うん」
「夏休み、楽しみ?」
栞が聞く。
湊は少しだけ笑った。
「かなり」
「私も」
少し沈黙。
でも。
その静けさが落ち着く。
「みなと」
「ん?」
栞が少しだけこちらを見る。
かなり優しい目だった。
「高校、来てよかった?」
その質問に。
湊は少しだけ止まる。
最初。
不安だった。
友達もいなかった。
普通になれる自信もなかった。
でも。
今は違う。
教室が好きだ。
友達がいる。
放課後が楽しい。
そして。
隣には、栞がいる。
「……かなり」
自然にそう答えていた。
栞は少しだけ嬉しそうに笑った。
「そっか」
駅が見えてくる。
夕方の風。
少し暖かい空気。
その中で、湊は思う。
普通の恋。
普通の高校生活。
昔、自分には遠いと思っていたもの。
でも今は、その真ん中にいる。
そして。
夏が来る。
きっと、まだまだ色んなことがある。
夏祭り。
花火。
海。
放課後。
帰り道。
その全部を、隣の栞と過ごしていく。
そう思うだけで。
未来が少し楽しみだった。




