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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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55/93

第55話 少しだけ嫉妬

水曜日。


六月。


朝から少し蒸し暑かった。


教室の窓は全開。


風は入ってくるけど、湿気も一緒に入ってくる。


「六月ってこんな暑かったっけ……」


倉田が机へ突っ伏している。


藤堂はハンディファンを回していた。


「文明の力」


「うるせえ」


教室はいつも通り騒がしい。


その空気を聞きながら、朝比奈湊は少しだけ笑った。


最近、この騒がしさがかなり好きだった。


「おはよう、みなと」


隣。


栞。


今日も自然に名前を呼ばれる。


「おはよう」


栞は席へ座りながら、小さく息を吐いた。


「暑い」


「夏近いな」


「もう制服つらい」


その何気ない会話が、かなり落ち着く。


最近は、こういう朝が当たり前になっていた。


でも。


その“当たり前”が、今日は少しだけ崩れる。


ホームルーム前。


教室へ、見慣れない男子が来た。


二組の男子。


背は高め。


爽やか系。


「雨宮さんいる?」


その瞬間。


教室の空気が少し動く。


栞が顔を上げた。


「……あ、うん」


男子は少し笑った。


「昨日言ってたノート、ありがと。めっちゃ助かった」


「ああ、全然」


普通の会話。


たぶん、それだけ。


でも。


湊の胸の奥が、少しざわつく。


男子はそのまま少し栞と話していた。


自然な感じ。


距離も近い。


それを見ながら、湊は妙に落ち着かなくなる。


「朝比奈」


後ろから藤堂。


「顔」


「何」


「分かりやす」


最悪だ。


「別に」


「嫉妬?」


「違う」


即答した。


でも。


完全には否定できない。


栞は、普通に誰からも好かれるタイプだ。


優しいし。


話しやすいし。


笑顔も柔らかい。


自分だって、そこに惹かれた。


だから。


他の男子が自然に話しているだけで、少しだけ胸がざわつく。


一時間目。


授業。


でも、少し集中できない。


隣を見る。


栞は普通に授業を受けている。


何も変わっていない。


でも。


湊だけ少し変だった。


「みなと」


小さい声。


「ん?」


「今日、静か」


かなり読まれている。


「……そう?」


「うん」


栞は少しだけこちらを見る。


「なんかあった?」


その視線が優しい。


だからこそ、余計に言いづらい。


“他の男子と話してるだけでちょっと嫌だった”なんて。


かなり器が小さい気がする。


「別に」


結局、それしか言えなかった。


栞は少しだけ不思議そうだった。


昼休み。


教室はいつも通り騒がしい。


でも、湊は少しだけぼんやりしていた。


「朝比奈」


倉田がパンを食べながら言う。


「何」


「お前ほんと分かりやすいな」


「お前もか」


藤堂が笑っている。


「いやでも、ちょっと可愛かったぞ」


「うるさい」


「彼氏っぽかった」


その言葉で、湊は少しだけ止まる。


彼氏っぽい。


嫉妬するのって、そういうことなのかもしれない。


「みなと」


隣。


栞。


「屋上行かない?」


「……うん」


屋上。


昼休みだから、人は少ない。


少し曇った空。


暖かい風。


フェンスの向こうに見える街。


静かだった。


「で」


栞がこちらを見る。


「何かあった?」


かなり真っ直ぐだった。


湊は少しだけ視線を逸らす。


でも。


隠しても、多分バレる。


「……朝の」


「二組の人?」


即バレだった。


湊は少し苦笑する。


「分かるか」


「みなと、ほんと分かりやすいから」


栞は少し笑った。


でも。


その笑い方は、からかう感じじゃない。


むしろ。


少し嬉しそうだった。


「……ごめん」


湊が小さく言う。


「何が?」


「なんか、勝手に気にして」


栞は数秒黙った。


それから。


少しだけ近づいてきて、小さく言った。


「ちょっと嬉しかった」


その言葉で、湊は止まる。


「嬉しかった?」


「うん」


栞は少し照れたように笑った。


「彼氏なんだなって感じしたから」


その返しが、かなりずるい。


「でも」


栞が続ける。


「安心して」


「……何を」


「私、みなとのことかなり好きだから」


その瞬間。


胸のざわつきが、一気に溶けていく。


ずるい。


本当に。


こういう時の栞は、かなりずるい。


「……それ反則」


湊が言う。


栞は少し笑った。


「効いた?」


「かなり」


またその言葉。


でも。


今日は少し情けなかった。


放課後。


今日は特に予定はなかった。


でも、自然に一緒に帰る。


夕方の道。


少し曇った空。


「みなと」


「ん?」


「まだ気にしてる?」


湊は少し考える。


それから、小さく首を横に振った。


「もう大丈夫」


栞は少し安心したように笑った。


「よかった」


少し沈黙。


でも、その静けさが落ち着く。


「ねえ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「嫉妬してくれるの、ちょっと好きかも」


その瞬間。


湊の心臓がまたうるさくなる。


「……性格悪いな」


「少しだけ」


栞は楽しそうに笑った。


でも。


そのあと、少しだけ真面目な顔になる。


「でも、ちゃんと言うね」


「?」


「私は、みなとが好き」


その言葉が、静かに胸へ沁みる。


真っ直ぐだった。


飾ってない。


でも、だからこそ嬉しい。


「……俺も」


自然にそう返していた。


駅が見えてくる。


夕方から夜へ変わる空。


「なんか」


栞が少し笑う。


「付き合う前より、ちゃんと気持ち伝えるようになったね」


たしかに。


前は、好きなんて言葉、簡単に言えなかった。


でも今は違う。


ちゃんと伝えたいと思う。


「彼女だからな」


少し照れながら言う。


栞は少しだけ目を丸くした。


それから。


かなり嬉しそうに笑った。


「……今の、ちょっとずるい」


その顔が、かなり可愛かった。


電車が来る。


二人で乗る。


今日は座れた。


並んで座る。


少しだけ肩が触れる。


窓の外には、夜になり始めた街。


湊はその景色を見ながら思う。


好きだから、不安になる。


好きだから、嫉妬する。


でも。


それも含めて、“恋”なんだと思った。

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