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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第49話 好き

観覧車の中。


夕方。


オレンジ色の光が、静かに二人を照らしていた。


下に見える遊園地はまだ賑やかだ。


でも。


この空間だけ、少し世界が切り離されたみたいに静かだった。


朝比奈湊は、自分の心臓の音をはっきり聞いていた。


速い。


かなり。


でも、逃げたくなかった。


もう分かっている。


ここで言わなかったら、きっと後悔する。


目の前には、栞がいる。


少し緊張した顔。


でも、ちゃんとこちらを見ている。


待ってくれている。


「栞」


湊がもう一度呼ぶ。


「ん」


小さい返事。


観覧車はゆっくり上がっていく。


その時間が、逆に少しだけ勇気をくれた。


湊は小さく息を吸う。


そして。


「……好き」


言った。


やっと。


ずっと胸の中にあった言葉。


何度も飲み込んできた言葉。


それを、ちゃんと口にした。


「栞のこと、かなり好き」


声が少し震えていた。


でも、それでもよかった。


ちゃんと伝えたかったから。


栞は、少しだけ目を見開いていた。


驚いた顔。


でも。


嫌そうじゃない。


むしろ。


少しだけ、安心したみたいに笑った。


「……うん」


小さい声。


でも、その一言だけで胸が熱くなる。


「知ってた?」


湊が少し苦笑しながら聞く。


栞は少しだけ笑った。


「かなり」


またそれだ。


でも。


今日は、その言葉がすごく優しかった。


少し沈黙。


観覧車はゆっくり回っている。


外には夕焼け。


綺麗だった。


でも。


湊には、栞の方がずっと目に入っていた。


「湊」


栞が小さく呼ぶ。


「ん?」


栞は少しだけ視線を落とした。


それから、少し照れたように笑う。


「私も」


その瞬間。


胸の奥が、一気に熱くなる。


「……ほんと?」


かなり情けない声だった。


でも、栞はちゃんと頷いた。


「ほんと」


そして。


「文化祭くらいから、たぶんずっと」


その言葉が、静かに胸へ沁みる。


文化祭。


放課後。


帰り道。


“まだ”。


全部。


ちゃんと繋がっていた。


湊は少しだけ顔を押さえたくなる。


嬉しすぎて、逆に落ち着かない。


栞が少し笑った。


「今日、ほんと分かりやすい」


「無理だろ」


「うん。無理そう」


二人で少し笑う。


その笑い方が、今までと少し違った。


友達の笑い方じゃない。


もっと近い。


もっと特別な感じ。


観覧車は、ゆっくり頂上へ近づいていく。


「なんか」


栞が窓の外を見ながら言う。


「不思議」


「何が」


「前まで、普通に隣の席だったのに」


湊は少し笑った。


「たしかに」


最初は、本当にただの隣の席だった。


話す理由も、そこまでなかった。


でも。


少しずつ話して。


帰り道が増えて。


文化祭があって。


気づけば。


こんな場所まで来ていた。


「湊」


「ん?」


「ちゃんと言ってくれて嬉しい」


その言葉に、湊は少しだけ息を吐く。


ずっと緊張していた。


もし、違ったら。


もし、関係が壊れたら。


そう思っていた。


でも。


今、栞はちゃんと笑っている。


その事実だけで、胸がいっぱいになる。


「……よかった」


湊が小さく言う。


栞は少しだけ首を傾げた。


「何が?」


「断られなくて」


栞が吹き出した。


「そんな訳ない」


「いや、普通に怖かった」


「かなり?」


「かなり」


栞は少し笑いながら、窓の外を見る。


夕焼けが、少しずつ夜へ変わっていく。


観覧車のライトも綺麗だった。


「じゃあ」


栞が小さく言う。


「ん?」


「今から、彼氏彼女?」


その言葉で、湊の心臓がまた大きく跳ねる。


でも。


今度は逃げなかった。


「……うん」


ちゃんと頷く。


栞は少し照れたように笑った。


「なんか恥ずかしい」


「分かる」


「でも、嬉しい」


その言葉が、何より嬉しかった。


観覧車がゆっくり下がり始める。


終わりが近づいている。


でも。


今日は、終わりじゃない。


むしろ。


ここから始まるんだと思った。


観覧車を降りる。


夜の遊園地。


ライト。


人の声。


さっきまでと同じ景色なのに、全部少し違って見えた。


隣を見る。


栞がいる。


でも、もう“ただの隣の席”じゃない。


それだけで、世界が少し変わった気がした。


「……どうする?」


栞が少し照れながら聞く。


「何が」


「距離感」


湊は少しだけ笑った。


「難しいな」


「急に変えるのも変」


「でも、前と同じも変」


栞も少し笑う。


その時。


歩きながら、二人の手が少し触れた。


一瞬。


でも。


どちらも離さなかった。


それどころか。


少しだけ。


ほんの少しだけ。


栞の指が近づく。


湊は、ゆっくりその手を握った。


温かい。


柔らかい。


心臓がまたうるさくなる。


でも、嫌じゃない。


むしろ。


ずっとこうしたかった。


栞は少しだけ驚いた顔をしたあと。


小さく笑った。


「……やっぱり緊張する」


「俺も」


「かなり?」


「かなり」


二人で少し笑う。


手を繋いだまま、夜の遊園地を歩く。


周りから見れば、普通のカップルかもしれない。


でも。


湊にとっては、全然普通じゃなかった。


欲しかったもの。


ずっと遠いと思っていたもの。


“普通の恋”。


それが今。


ちゃんと隣にあった。


帰り道。


夜風が少し涼しい。


駅へ向かう道を、手を繋いだまま歩く。


最初は少しぎこちなかった。


でも、離したくなかった。


「湊」


「ん?」


「今日、多分ずっと忘れない」


その言葉が、静かに胸へ落ちる。


湊は少しだけ笑った。


「俺も」


本当に。


今日の夕焼けも。


観覧車も。


告白した瞬間も。


手を繋いだ感覚も。


全部、ずっと忘れないと思った。


駅が見えてくる。


夜のホーム。


電車が来る。


二人で乗る。


今日は座れた。


並んで座る。


でも。


今までと少し違う。


手が、ちゃんと繋がっている。


栞が少し照れながら笑った。


「なんか、まだ実感ない」


「分かる」


「でも」


少しだけ。


栞がこちらへ寄る。


肩が軽く触れる。


「嬉しい」


その小さい声が、何より愛しかった。


電車が夜の街を走っていく。


そして湊は思う。


あの日。


“普通の恋がしたかった”。


そう思っていた自分は。


ちゃんと、その続きを手に入れたんだと。

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