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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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第16話 ドリンクバー

ファミレスの窓際の席。


休日の昼。


外では駅前を歩く人たちが見える。


家族連れ。


買い物帰りの人。


制服ではない高校生たち。


その景色をぼんやり見ながら、朝比奈湊はドリンクバーのコップを少し回していた。


向かいには雨宮栞。


私服姿。


学校で見る制服とは違うのに、話し始めるとやっぱり雨宮だった。


「それ、混ぜすぎじゃない?」


雨宮が湊のコップを見る。


メロンソーダとカルピスを混ぜた、かなり緑色の飲み物。


湊は少しだけ視線を逸らした。


「ドリンクバーって混ぜたくならない?」


「小学生っぽい」


「否定できない」


雨宮は少し笑った。


その笑い方を見て、湊も少し落ち着く。


ファミレスへ入った時は、正直かなり緊張していた。


休日に女子と二人で会う。


向かい合って座る。


それだけで落ち着かなかった。


でも、雨宮が普通に話してくれるから、少しずつ呼吸が自然になっていく。


「で、文化祭委員」


雨宮がプリントを開く。


「ちゃんと話し合いますか」


「急に真面目」


「一応目的だから」


「一応って言ったの気にしてる?」


「少し」


湊は笑った。


テーブルの上に広げられたプリント。


縁日。


謎解き展示。


フォトスポット。


昨日まとめた案が並んでいる。


「クラスに出すなら、もう少し説明欲しいかも」


雨宮が言う。


「説明?」


「例えば縁日なら、何やるのか」


「あー」


湊はペンを取った。


「射的、輪投げ、くじ引き」


「魚釣りっぽいのもできそう」


「紙で?」


「簡単なやつ」


「文化祭っぽい」


「それ大事」


湊はメモを書き足していく。


雨宮は向かいで資料を押さえながら、少し考え込んでいる。


休日のファミレスで、二人でプリントを広げている。


その光景を客観的に見ると、かなり真面目な高校生っぽい。


でも実際は、会話の半分くらいは雑談だった。


「フォトスポットって何するんだろ」


湊が聞く。


「教室飾って写真撮る場所」


「それだけ?」


「今っぽい」


「最近の高校生難しい」


「朝比奈、ちょっと古い」


「同い年だろ」


雨宮は少し笑った。


料理が運ばれてくる。


ハンバーグの音。


パスタの湯気。


ファミレス独特の匂い。


「なんか、ほんとに高校生っぽい」


湊がぽつりと言う。


雨宮がフォークを持ったままこちらを見る。


「また言ってる」


「いや、だって」


「ファミレス来たくらいで?」


「中学の時あんま無かったし」


それは本当だった。


中学の頃、休日に誰かと駅前で会うことなんてほとんどなかった。


遊びに誘われない訳ではない。


でも、自分から輪に入りにいくことが少なかった。


気づけば、一人で過ごす休日が普通になっていた。


だから今、こうして誰かと休日を共有していること自体が新鮮だった。


雨宮は少しだけ考えるように視線を落とした。


「私もあんまり無かった」


「雨宮も?」


「うん。休みの日は本読んでること多かったし」


「想像できる」


「偏見」


「ごめん」


「でも半分合ってる」


湊は少し笑った。


雨宮がパスタを巻きながら言う。


「高校って、中学より“途中”な感じする」


「途中?」


「まだ決まってない感じ」


その言葉に、湊は少し考えた。


途中。


たしかにそうかもしれない。


高校は、まだ何者でもない場所だ。


クラスも。


友達も。


部活も。


恋愛も。


全部がまだ途中で、変わっていく途中にある。


「朝比奈、また考え込んでる」


雨宮が言った。


「顔に出てる?」


「少し」


「何考えてるように見える?」


「変なこと」


「雑」


「でも当たってる」


否定できなかった。


湊はハンバーグを切りながら、少し視線を落とす。


今、自分は何を考えていたのか。


高校。


途中。


そして雨宮との関係。


そういうものが全部混ざっていた。


「そういえば」


雨宮が言う。


「藤堂くんたちとコンビニ行ったんだよね」


「昨日?」


「うん」


「あー、行った」


「楽しかった?」


湊は少し驚いた。


雨宮からそういうことを聞かれると思っていなかった。


「普通に楽しかった」


「そっか」


「高校生っぽかった」


「またそれ」


雨宮は少し笑う。


でも、そのあと少しだけ間があった。


「……よかったね」


その言い方が、少しだけ静かだった。


湊は何となく気になった。


「雨宮も来ればよかったのに」


言ってから、少しだけ後悔した。


軽すぎたかもしれない。


でも雨宮は普通に答えた。


「女子いなかったし」


「あー」


たしかにそうだ。


男子四人だった。


「でも、朝比奈が楽しそうだったならよかった」


その言葉に、湊は少しだけ胸が変な感じになった。


楽しそうだったならよかった。


その言い方が、どこか優しかったからだ。


湊は誤魔化すようにドリンクを飲んだ。


甘い。


混ぜすぎた味がした。


「雨宮」


「ん?」


「それ美味しい?」


雨宮のコップを見る。


ミルクティーとコーヒーを少し混ぜたような色。


「普通」


「絶対普通じゃない」


「朝比奈のよりは」


「反論できない」


二人で少し笑う。


窓の外では、休日の街が流れている。


ファミレスの中は少し騒がしい。


でも、その騒がしさが逆に落ち着いた。


沈黙ができても気まずくならない。


周囲の音が会話の隙間を埋めてくれる。


「文化祭さ」


湊が言う。


「うん」


「ちゃんと成功するかな」


「まだ早い」


「でも失敗したら嫌じゃん」


雨宮は少し考えた。


「たぶん、失敗しても覚えてると思う」


「え?」


「成功したかより、準備してたことの方が残りそう」


その言葉を聞いて、湊は少し前に雨宮が言っていたことを思い出した。


文化祭は当日だけじゃない。


決めたり、残ったり、そういうのも含めて。


たぶん雨宮は、そういう時間を大事にする人なんだと思う。


湊は少しだけ、嬉しくなった。


自分も最近、そういうふうに感じ始めていたからだ。


料理を食べ終わったあとも、二人はしばらくドリンクバーだけで話していた。


クラスのこと。


授業のこと。


藤堂たちのこと。


好きな本。


中学の頃の話。


「朝比奈、中学の時どんな感じだったの?」


雨宮が聞く。


湊は少し考えた。


「普通」


「便利だね、その言葉」


「感染したから」


雨宮は少し笑った。


「でも、ほんと普通。目立たない感じ」


「今は?」


「……前よりは喋ってるかも」


「うん」


雨宮はすぐに頷いた。


「最初より全然違う」


「そう?」


「教室で笑うこと増えた」


その言葉に、湊は少し驚いた。


自分では気づいていなかった。


でも、雨宮は見ていたらしい。


「雨宮は?」


湊が聞く。


「何が?」


「中学の時」


雨宮はストローを少し回した。


「静かだったと思う」


「今も静か」


「でも今の方が話してる」


「たしかに」


「朝比奈と」


その言葉に、湊は一瞬だけ言葉を失った。


雨宮は普通の顔をしている。


でも、その“朝比奈と”という一言が、妙に胸に残った。


「……俺も、雨宮とは結構話してる」


少し遅れてそう返す。


雨宮は小さく頷いた。


「うん」


その“うん”が、静かで、でも少し嬉しそうに聞こえた。


ファミレスを出た頃には、外の光が少し傾き始めていた。


まだ夕方ではない。


でも、昼の明るさが少し柔らかくなっている。


駅前には休日の人混み。


ゲームセンターから音が漏れている。


どこかの店から揚げ物の匂いがする。


「どうする?」


湊が聞く。


「帰る?」


雨宮は少し考えた。


「少しだけ本屋寄る?」


湊は少しだけ笑った。


「やっぱり行くんだ」


「普通」


「もうその返し分かってきた」


二人で本屋へ向かう。


前に偶然会った場所。


今日は偶然ではない。


ちゃんと一緒に来ている。


その違いを、湊は少し意識していた。


本屋の空気は静かだった。


休日だから人は多い。


でも、声は小さい。


紙の匂いと、ページをめくる音。


雨宮は自然に文庫コーナーへ向かった。


湊も後ろを歩く。


「朝比奈」


雨宮が一冊の本を持ち上げる。


「これ、前言ってたやつの作者」


「へえ」


「読みやすいよ」


「雨宮基準?」


「たぶん」


湊は本を受け取る。


表紙は、夕方の駅だった。


最近、駅の表紙が多い気がする。


「青春好きなの?」


湊が聞く。


雨宮は少し考えた。


「分かんない。でも、普通の話が好きかも」


普通の話。


その言葉が、今の自分たちに少し重なる気がした。


魔法も事件もない。


ただ、高校生が話して、帰って、笑っているだけ。


でも、湊にとってはそれが十分特別だった。


本を見ている途中、雨宮が小さく言った。


「今日さ」


「ん?」


「来てよかった」


湊は一瞬、動きを止めた。


雨宮は本棚を見たままだった。


「文化祭の話、ちゃんと進んだし」


少し遅れて付け足す。


でも、その言い訳みたいな言葉が逆に可笑しくて、湊は少し笑った。


「うん。俺も」


それだけ返す。


でも、それだけで十分な気がした。


本屋を出て、駅へ向かう。


休日の終わりに近づく街。


今日は一日が妙に早かった。


駅のホーム。


電車を待ちながら、湊はスマホを見た。


クラスLINEがまた動いている。


藤堂が、


『暇すぎる』


と送っていた。


湊は少し笑う。


自分は今日、暇ではなかった。


それが少し嬉しい。


電車が来る。


二人で乗る。


座席が空いていて、少し離れて座る。


窓の外に夕方の光が流れる。


「朝比奈」


雨宮が小さく呼ぶ。


「ん?」


「LINE、既読つくの待つ時、ちょっと緊張するよね」


湊は一瞬、本当に心臓が止まりそうになった。


「……え?」


雨宮は窓の外を見たまま言う。


「昨日、返信待ってる時ちょっと思った」


湊は言葉が出なかった。


自分だけじゃなかった。


既読がつくまで。


返信が来るまで。


数秒なのに長く感じる時間。


それを、雨宮も感じていた。


「……分かる」


やっとそれだけ言う。


雨宮は少しだけ笑った。


「同じだ」


またその言葉。


でも今日は、今までより少し特別に聞こえた。


電車が揺れる。


夕方の景色が流れていく。


普通の休日。


普通のファミレス。


普通の会話。


でも、その全部が、少しずつ湊の中に積み重なっていく。


たぶん、これが。


“誰かを気にし始める”ということなのかもしれなかった。

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