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『普通の恋が、したかった。』  作者: vastum


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15/28

第15話 既読がつくまで

土曜日の朝、朝比奈湊は珍しく早く目が覚めた。


目覚ましは鳴っていない。


窓の外から聞こえる車の音と、カーテンの隙間から入る光で自然に起きた。


スマホを見る。


七時四十八分。


休みの日としてはかなり早い。


湊はしばらく天井を見つめたまま、ぼんやりしていた。


昨日の放課後。


藤堂たちと行ったコンビニ。


帰りの電車。


そして、雨宮とのLINE。


『コンビニ、思ったより高校生っぽかった』


今思い返しても、かなり変な文面だ。


送った直後は本気で後悔した。


でも、雨宮は普通に返してきた。


短いやり取りだった。


それでも、電車の中で少し嬉しくなっていた自分を、湊はちゃんと覚えている。


LINE。


それは別に特別なものではない。


今の高校生なら、誰でも使っている。


クラスLINEもある。


連絡事項も流れる。


スタンプも飛び交う。


でも、“個人でやり取りする”という行為には、まだ少しだけ特別感があった。


特に湊にとっては。


中学の頃もLINEはしていた。


グループには入っていた。


でも、誰かと毎日連絡を取るようなことはほとんどなかった。


必要な時だけ。


用事がある時だけ。


それが普通だった。


なのに今、湊は朝起きて最初に雨宮とのトーク画面を思い出している。


それが少し不思議だった。


スマホを開く。


通知は特にない。


クラスLINEが少し動いているくらいだ。


藤堂が朝からゲームのスクショを送っている。


『神引きした』


倉田が、


『うるさい』


と返していた。


湊は少し笑って画面を閉じる。


そのあと、少し迷った。


雨宮に何か送るか。


でも、送る内容がない。


おはよう、と送る関係ではない。


まだそこまでではない。


そもそも休日の朝から送るのも変な気がする。


湊はスマホを伏せた。


考えすぎだ。


まだ二週間ちょっとしか経っていない。


雨宮とは、ただ少し話すようになっただけ。


そう思っても、また少しスマホが気になる。


自分でも面倒くさいと思った。


朝食を食べ終えたあと、湊は机に向かった。


文化祭のプリントが置いてある。


昨日、雨宮と話していた案。


縁日。


謎解き。


フォトスポット。


来週にはクラスで話し合いがある。


湊はプリントを見ながら、ふとペンを手に取った。


縁日でできそうなゲームを書き出してみる。


射的。


輪投げ。


くじ引き。


魚釣り。


ピンポン投げ。


こういうことを休日に考えている自分が少し不思議だった。


でも嫌ではない。


むしろ、ちょっと楽しい。


途中でスマホが震えた。


湊は反射的に手を伸ばす。


雨宮だった。


『起きてる?』


短い一文。


たったそれだけなのに、湊の心臓が少し跳ねた。


湊は数秒画面を見つめてから返信する。


『起きてる』


送ってから、すぐに既読がつく。


早い。


雨宮もスマホを見ているらしい。


『早いね』


『そっちも』


『たしかに』


そのやり取りだけで、湊は少し笑ってしまう。


朝の静かな部屋。


まだ始まっていない休日。


その中で、誰かと小さな言葉を交わしている。


それが妙に新鮮だった。


『何してたの?』


雨宮から来る。


湊は少し迷った。


文化祭の案を考えていた。


そう送ると真面目すぎる気がする。


でも嘘をつく必要もない。


『文化祭のプリント見てた』


既読。


少し間が空く。


その数秒が、妙に長く感じる。


『ちゃんとしてる』


返信が来た。


湊は少し笑った。


『雨宮に言われると先生っぽい』


『嫌』


『前も言ってたな』


『先生っぽいの嫌』


『じゃあ何っぽいのがいい』


既読。


また少し間。


湊はスマホを見つめる。


この、“返信を待つ時間”がこんなに落ち着かないものだとは思わなかった。


数秒。


たぶん本当に数秒しか経っていない。


でも、妙に長い。


返信が来る。


『普通』


湊は思わず吹き出した。


結局それか。


『便利すぎるだろ、その言葉』


『朝比奈も最近使う』


『感染した』


『責任は取らない』


湊はベッドに倒れ込んだ。


自分でも分かるくらい、少し楽しい。


ただLINEしているだけだ。


内容も特別ではない。


でも、それだけで休日の空気が少し変わる。


雨宮からまたメッセージが来る。


『今日予定ある?』


湊は一瞬だけ止まった。


予定。


ない。


本当にない。


でも、正直に“ない”と返すのも少し恥ずかしい。


いや、変に見栄を張る必要もない。


『特にない』


送信。


既読。


『私も』


その返事に、湊は少し安心した。


何に安心したのか、自分でもよく分からない。


でも、雨宮も同じだと思うと少し落ち着く。


『じゃあ文化祭案でも考える?』


雨宮から来た瞬間、湊は少し驚いた。


考える?


どうやって。


LINEで?


そう思ったが、雨宮は続けて送ってきた。


『駅前のファミレス』


湊は画面を見つめた。


ファミレス。


つまり、会うということだ。


休日に。


学校以外で。


二人で。


心臓が少し速くなる。


いや、文化祭の相談だ。


ちゃんと理由はある。


でも、それでも。


湊はしばらくスマホを見たまま固まった。


返信が遅すぎるのも変だ。


でも焦って返すのも変な気がする。


湊は一度深呼吸してから打った。


『いいよ』


送信。


既読がつく。


また数秒。


その時間だけで落ち着かなくなる。


『十三時くらい?』


『大丈夫』


『じゃあ駅前』


『了解』


そこでやり取りは止まった。


湊はスマホを胸の上に置き、天井を見る。


休日に女子と会う。


しかも二人で。


理由は文化祭の相談。


分かっている。


でも、それだけでは済まない気がしてしまう。


湊は枕に顔を押しつけた。


「やばい」


声に出る。


何がやばいのかは分からない。


でも、少し落ち着かなかった。


昼前。


湊はかなり服を迷った。


制服ではない。


だからこそ難しい。


別におしゃれな訳ではない。


でも、適当すぎるのも嫌だ。


鏡の前で何度か着替え、結局かなり普通の服に落ち着いた。


グレーのパーカー。


黒のパンツ。


本当に普通。


でも、たぶんこれが一番自分らしい。


家を出る前、母に言われた。


「どっか行くの?」


「駅前」


「友達?」


湊は少しだけ詰まった。


友達。


その言葉が、妙に引っかかる。


「まあ」


曖昧に答えて家を出た。


駅までの道。


今日は昨日より少し暖かい。


空も明るい。


休日の駅前は、平日と少し違う。


制服姿の学生は少なく、私服の人が多い。


湊は電車に揺られながら、何となくスマホを見た。


雨宮からは特に連絡はない。


でも、それが逆に少し安心する。


必要以上に気を遣わなくていい感じが、雨宮らしかった。


駅前に着く。


待ち合わせの時間まではまだ少しある。


湊は改札の近くで立ち止まり、周囲を見た。


休日の待ち合わせなんて、ほとんどしたことがない。


どこに立てば自然なのかも分からない。


スマホを見る。


時間は十二時五十七分。


少し早い。


その時、後ろから声がした。


「朝比奈」


振り返る。


雨宮だった。


私服。


白いシャツに薄い青のカーディガン。


黒のスカート。


相変わらず、特段可愛いという訳ではない。


でも、“普通の女子”としてちゃんと可愛かった。


湊は一瞬、言葉が出なかった。


「……おはよう」


出たのは、なぜか朝の挨拶だった。


雨宮が少し笑う。


「もう昼だよ」


「分かってる」


「緊張してる?」


「してない」


「顔」


湊は少し顔を逸らした。


雨宮は少しだけ笑った。


「私も少ししてる」


その言葉に、湊は少しだけ救われた。


「同じか」


「最近多いね」


二人で歩き出す。


駅前の道。


休日の人混み。


制服ではない雨宮が隣を歩いている。


それだけで、いつもの帰り道とは少し違った。


「ファミレスって高校生っぽいよね」


雨宮が言う。


「またそれ」


「でも、分かるでしょ」


「……少し」


湊は認めた。


休日に駅前で待ち合わせして、ファミレスへ行く。


かなり高校生っぽい。


ファミレスへ入る。


昼時で少し混んでいた。


店員に案内され、窓際の席へ座る。


向かい合う。


その瞬間、湊は少し落ち着かなくなった。


学校では隣同士だ。


でも向かい合うと、妙に距離が近い気がする。


雨宮はメニューを開いた。


「何頼む?」


「まだ決めてない」


「優柔不断」


「雨宮は?」


「普通」


「メニューで普通使うな」


雨宮は少し笑った。


結局、湊はドリンクバーとハンバーグ、雨宮はパスタを頼んだ。


注文を終えると、一瞬だけ静かになる。


でも、不思議と気まずくはなかった。


「文化祭の話する?」


湊が言う。


「一応そのために来たし」


「一応って付くんだ」


「……文化祭のため」


雨宮は少しだけ笑った。


その笑い方を見て、湊も少し笑ってしまう。


ドリンクバーへ向かう。


二人並んで歩く。


高校生のカップルみたいだ、と一瞬思ってしまって、湊は慌てて頭を振った。


違う。


まだ全然違う。


でも、その“まだ”という言葉が頭に浮かんだことに、自分で少し驚いた。


席へ戻る。


文化祭のプリントを広げる。


休日のファミレスで文化祭の相談。


本当に高校生っぽい。


湊はドリンクを飲みながら、ふと思った。


今日のことも、たぶんちゃんと覚えている気がする。


雨宮とのLINE。


既読を待つ時間。


駅前での待ち合わせ。


私服。


ファミレス。


そういう小さなことが、少しずつ積み重なっていく。


それはきっと、“普通の恋”の始まりに近い何かだった。

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